目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
生真面目そうなお顔立ちの殿方は、セイラム様というお名前でした。
私が暮らすベルデナーレ王国の王宮でお勤めの、大変聡明な文官様だそうです。
現在は第一王子ヴァルト様の側近でもあられる御方で──そんな重要な地位にいらっしゃる殿方を、私は容赦なく投げ飛ばしてしまったわけです。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……! 何故か私の身に余りある力が漲ってしまい思いのほかセイラム様がお吹っ飛びに……!!」
「どんな話し方してるんですか。いや、それよりヴァルト様、さっきから何を他人行儀な……」
「ですから、私はヴァルト様ではありませんっ」
ひとまずローブを羽織った私は勧められた椅子に腰かけ、さめざめと顔を覆って訴えてみましたが、セイラム様は首を傾げるばかり。どころか不気味そうに後ずさっています。殿方に惹かれることはあれど、引かれることなど初めてです。
──ですが、それも当然なのでしょう。
私は今、筋骨隆々の逞しい巨漢の姿をしていました。
先程セイラム様が吹っ飛んだ後、自分のしでかしたことに気付き慌てて助け起こしたのですが、ちらりと鏡を確認して仰天しました。
絵姿でしか拝見したことがありませんでしたが、確かにそこに全裸で立っていたのはヴァルト様だったのです。
武人ゆえか短く切った金髪、褐色の肌に際立つ瑠璃色の鋭い瞳。
セイラム様を起こそうと身を屈める姿は、どこぞの芸術家が彫った彫像のようでした。
それはそれで美しいのかもしれませんが、私は殿方の裸など、それも生身など一度も拝見したことがありませんでした。
ゆえに再び悲鳴を上げ、鏡を拳でぶち砕いてしまったことについては申し訳ない気持ちでいっぱいです。起き抜けに暴れ回る私にセイラム様が顔面蒼白になっていたのも無理はありません。
しかしどういうことなのでしょう。ヴァルト様の右腕は鏡の破片で傷付くかと思いきや、全くの無傷で──。
「ヴァルト様ではないなら、一体誰だと言うんです?」
「はっ。わ、私は伯爵家のリシェルです! リシェル=ローレントでございます」
「ローレント伯爵令嬢」
セイラム様があんぐりと口を開け、次の瞬間には噴き出しました。
「いやいやいや、やめてくださいよ。もう本当に、投げ飛ばされただけでも命の危険を感じたってのに、今度は笑い死にさせるおつもりですか」
「本当です、信じてください! ヴァルト様はこんなふうにお喋りにならないでしょうっ?」
「まぁそうですね」
ヴァルト様は決して内股で座らないし、握った両手を体の横で振ったりしないし、裸を見られて乙女のような悲鳴も上げないです、正直気色悪いです、とセイラム様は冷静な声で付け加えていきます。
徐々に表情を強張らせたセイラム様は、ようやく事の深刻さに気付いてくださったようでした。
「え……いや、ということは……ヴァルト様のお身体に、リシェル様の意識が入り込んでしまった、ということですか?」
「そ、そうなるのでしょうか……?」
私もそれについては首を捻るしかありません。
──ここベルデナーレ王国には、古くから呪術というものが存在いたします。
残念ながら私は浅学非才の身ゆえ、御伽噺程度の知識しか持ち合わせていないのですが、呪術は人の意識の内側に介入してしまうとか何とか。
大昔には凶悪な魔女が術を用い、王国を転覆させようとした過去もあるそうです。
恐らくはその呪術が、私とヴァルト様の身体に何かしら干渉したのではないか、というのがセイラム様のご見解でした。
「ヴァルト様は毒を盛られたり刺客を差し向けられたり、そういうことは日常茶飯事ですからね。今回は呪術か……厄介ですね」
さらりと明かされた王族の危険な日常に、私は思わず青ざめました。
ヴァルト様は次期国王として立太子の儀を控える身。セイラム様曰く、第二王子以下の王位継承者を推す一派が、日頃からヴァルト様を蹴落とそうとあれこれ画策しているというのです。
きっと今回の呪術も、彼らが秘密裏に雇った呪術師の仕業である線が濃厚だ、と。
「──まぁ、あなたが呪術師である可能性も勿論あるわけですが……」
「え……っ! そ、そんな!」
セイラム様から疑いの視線を向けられ、ぞっと背筋が凍りました。
「私はローレント伯爵令嬢として、し、幸せな結婚をする予定だったのです! 間違っても殿方の体に入り込んで裸を眺めて喜ぶなどと変態的な趣味は持ち合わせておりません!」
「そうでしょうね……」
羞恥と混乱のあまり私が拳で粉砕した鏡を一瞥し、セイラム様は納得した様子で肯かれました。
しかし当面の問題は解決しません。
私はともかく、一国の王子たるヴァルト様の御身に呪術が掛けられてしまったのです。この事態がもしも他国に漏れてしまえば、ベルデナーレ王室の沽券に関わることぐらい私でも想像が付きました。王子が素っ裸で悲鳴を上げた醜聞など絶対に広めるわけにはいきません。
いえ、それ以前に──ヴァルト様が立太子の儀を迎えられない可能性だってあるのです。
この体にリシェル=ローレントが入っている限り。
「セイラム様、どうすればよいのでしょう……? 呪術の解き方など私、何も伝手がございません……」
「……。その前に、ヴァ──いえ、リシェル様のお身体はローレント家にあるのですか?」
「えっ?」
少しの間を置いて、私は口を両手で覆いました。
すぐさまセイラム様が無言でその手を下ろさせたので、振る舞いには気を付けようと肝に銘じつつ。
私が暮らすベルデナーレ王国の王宮でお勤めの、大変聡明な文官様だそうです。
現在は第一王子ヴァルト様の側近でもあられる御方で──そんな重要な地位にいらっしゃる殿方を、私は容赦なく投げ飛ばしてしまったわけです。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……! 何故か私の身に余りある力が漲ってしまい思いのほかセイラム様がお吹っ飛びに……!!」
「どんな話し方してるんですか。いや、それよりヴァルト様、さっきから何を他人行儀な……」
「ですから、私はヴァルト様ではありませんっ」
ひとまずローブを羽織った私は勧められた椅子に腰かけ、さめざめと顔を覆って訴えてみましたが、セイラム様は首を傾げるばかり。どころか不気味そうに後ずさっています。殿方に惹かれることはあれど、引かれることなど初めてです。
──ですが、それも当然なのでしょう。
私は今、筋骨隆々の逞しい巨漢の姿をしていました。
先程セイラム様が吹っ飛んだ後、自分のしでかしたことに気付き慌てて助け起こしたのですが、ちらりと鏡を確認して仰天しました。
絵姿でしか拝見したことがありませんでしたが、確かにそこに全裸で立っていたのはヴァルト様だったのです。
武人ゆえか短く切った金髪、褐色の肌に際立つ瑠璃色の鋭い瞳。
セイラム様を起こそうと身を屈める姿は、どこぞの芸術家が彫った彫像のようでした。
それはそれで美しいのかもしれませんが、私は殿方の裸など、それも生身など一度も拝見したことがありませんでした。
ゆえに再び悲鳴を上げ、鏡を拳でぶち砕いてしまったことについては申し訳ない気持ちでいっぱいです。起き抜けに暴れ回る私にセイラム様が顔面蒼白になっていたのも無理はありません。
しかしどういうことなのでしょう。ヴァルト様の右腕は鏡の破片で傷付くかと思いきや、全くの無傷で──。
「ヴァルト様ではないなら、一体誰だと言うんです?」
「はっ。わ、私は伯爵家のリシェルです! リシェル=ローレントでございます」
「ローレント伯爵令嬢」
セイラム様があんぐりと口を開け、次の瞬間には噴き出しました。
「いやいやいや、やめてくださいよ。もう本当に、投げ飛ばされただけでも命の危険を感じたってのに、今度は笑い死にさせるおつもりですか」
「本当です、信じてください! ヴァルト様はこんなふうにお喋りにならないでしょうっ?」
「まぁそうですね」
ヴァルト様は決して内股で座らないし、握った両手を体の横で振ったりしないし、裸を見られて乙女のような悲鳴も上げないです、正直気色悪いです、とセイラム様は冷静な声で付け加えていきます。
徐々に表情を強張らせたセイラム様は、ようやく事の深刻さに気付いてくださったようでした。
「え……いや、ということは……ヴァルト様のお身体に、リシェル様の意識が入り込んでしまった、ということですか?」
「そ、そうなるのでしょうか……?」
私もそれについては首を捻るしかありません。
──ここベルデナーレ王国には、古くから呪術というものが存在いたします。
残念ながら私は浅学非才の身ゆえ、御伽噺程度の知識しか持ち合わせていないのですが、呪術は人の意識の内側に介入してしまうとか何とか。
大昔には凶悪な魔女が術を用い、王国を転覆させようとした過去もあるそうです。
恐らくはその呪術が、私とヴァルト様の身体に何かしら干渉したのではないか、というのがセイラム様のご見解でした。
「ヴァルト様は毒を盛られたり刺客を差し向けられたり、そういうことは日常茶飯事ですからね。今回は呪術か……厄介ですね」
さらりと明かされた王族の危険な日常に、私は思わず青ざめました。
ヴァルト様は次期国王として立太子の儀を控える身。セイラム様曰く、第二王子以下の王位継承者を推す一派が、日頃からヴァルト様を蹴落とそうとあれこれ画策しているというのです。
きっと今回の呪術も、彼らが秘密裏に雇った呪術師の仕業である線が濃厚だ、と。
「──まぁ、あなたが呪術師である可能性も勿論あるわけですが……」
「え……っ! そ、そんな!」
セイラム様から疑いの視線を向けられ、ぞっと背筋が凍りました。
「私はローレント伯爵令嬢として、し、幸せな結婚をする予定だったのです! 間違っても殿方の体に入り込んで裸を眺めて喜ぶなどと変態的な趣味は持ち合わせておりません!」
「そうでしょうね……」
羞恥と混乱のあまり私が拳で粉砕した鏡を一瞥し、セイラム様は納得した様子で肯かれました。
しかし当面の問題は解決しません。
私はともかく、一国の王子たるヴァルト様の御身に呪術が掛けられてしまったのです。この事態がもしも他国に漏れてしまえば、ベルデナーレ王室の沽券に関わることぐらい私でも想像が付きました。王子が素っ裸で悲鳴を上げた醜聞など絶対に広めるわけにはいきません。
いえ、それ以前に──ヴァルト様が立太子の儀を迎えられない可能性だってあるのです。
この体にリシェル=ローレントが入っている限り。
「セイラム様、どうすればよいのでしょう……? 呪術の解き方など私、何も伝手がございません……」
「……。その前に、ヴァ──いえ、リシェル様のお身体はローレント家にあるのですか?」
「えっ?」
少しの間を置いて、私は口を両手で覆いました。
すぐさまセイラム様が無言でその手を下ろさせたので、振る舞いには気を付けようと肝に銘じつつ。