目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
柱廊に響いた声に、私は喜色を露わに振り向きました。
ホールの方から現れたのは、珍しく息を切らしたヴァルト様です。私たちがもみ合いになっていることを確認するや否や、にわかにその表情を険しくさせました。
「ひっ!? ヴァルト王子殿下、これはその」
「その手を放せ、げほっ、エゼゥバート」
アランデル様のお顔に「何でこいつら二人とも鼻声なんだ」という疑問が滲んでいますわ。ですがそのおかげで肩を掴んでいた手が弛み、私は急いでアランデル様の脇を走り抜けました。
「ヴァルト様っ──わ」
駆け寄ると同時に背中を抱き寄せられ、私はそのままヴァルト様の肩に担がれてしまいました。
刹那、後方から大きな音が鳴り、思わず両脚が跳ねます。ついでにアランデル様の「ほぁッ!!」という滅多に聞けない悲鳴も上がりました。
そうっと後ろを窺ってみると、アランデル様の股下にヴァルト様の片足が埋まっています。……位置があと少し上だったら今頃、王宮全体に絶叫が響き渡っていたことでしょう。
がらがらと小さな瓦礫を落としながら足を引っ込めたヴァルト様は、鼻をすすってから告げました。
「婚約者は他を当たれ。こいつは降りるそうだ」
真っ青なお顔で小刻みに頷かれたアランデル様は、さりげなく股間を手で守りながら走り去っていきました。
あれが私を嗤っていた男かと、何とも情けない後ろ姿を見送っていれば、不意に体がゆっくりと降ろされます。ついヴァルト様の首にしがみついていた私は、はっと手を放しました。
「ヴァルト様……ありがとうございました」
「いや、すまなかった。ロッシュ男爵と目が合ったのが良くなかったか……」
「え?」
「孤児院の件で長々と話し込まれてな。随分と乗り気だったぞ」
それはもしかして、私がセイラム様にご提案した件でしょうか。良かった、男爵は嫌がらずに応じてくださったのですね。
思わぬところでお仕事の成果を知らされ、私が喜んだのも束の間、ヴァルト様は渋い表情で上着を脱ぎました。
「それよりあの男だ。怪我はないか」
「あ、は、はい。おかげさまで」
背中は柱にぶつけましたけど、それぐらいですわ。と無事を伝えるよりも先に、ヴァルト様は脱いだ上着を私の肩に掛けてくださいました。
ずっと夜風に晒されていた背中が温もりに覆われ、私は知らずのうちに安堵の溜息を漏らしました。……先程の出来事で、自覚している以上に私は怯えていたようです。
掴まれた手も痛かったですし、連れ出されるときに誰も止めてくれませんでしたし──唇を奪われそうになって抵抗できたのは、火事場の馬鹿力とやらに他なりませんわ。
「ローレント嬢?」
少しばかり痛む手首を優しく掬われ、私はとうとう顔をぐしゃぐしゃに歪めてしまいました。
「……!? おい、どこか痛むのか」
途端に慌て始めたヴァルト様が、私の頬を転がり落ちていく涙を、不器用にも拭ってくださいます。
私、ヴァルト様のお体に入っていたから分かりますのよ。こんなにも誰かに優しく触れるには、細心の注意を払わなくてはいけませんの。ダンスのときだって、私がどこも傷めないように加減をしてくださっていたのでしょう。
ヴァルト様は当然だと仰るでしょうけど、今しがた無理やり力で押さえつけられていた身としては、ひどく安心いたします。
どうしようもなく、嬉しく思うのです。
「ヴァルト様、助けに来てくださって、ありがとうございます」
「あ……? ああ。男爵と話していたら、急に鼻が詰まり出したから」
「ふふ」
そういえば私たち、未だに鼻声でしたわ。いつになったら治るのでしょうかコレ。
可笑しくなって笑ってしまえば、ヴァルト様は何とも理解しがたいと言わんばかりのお顔で、私の背を摩りました。
「泣いたり笑ったり忙しいな。今日はもう部屋に戻って休め」
「は……あ、嫌ですわ!」
「は?」
「こんな気分で舞踏会を終えるのは嫌ですの。だから……ああでも化粧が崩れてしまったからホールにも戻れませんわね……」
私の言わんとしていることを汲んでくださったのか、ヴァルト様は苦笑をこぼしつつも手を引きました。
柱廊の隣には青白く照らされたお庭がございます。
ホールから微かに演奏が届く銀の庭で、ヴァルト様は私の我儘を聞いてくださいました。誰の目も気にせず、決められた単調なステップに弾みをつけて踊るワルツは、いつになく解放的で楽しいものでした。
「ヴァルト様、ちゃんとお互いの体が元に戻ったら、また踊ってくださいまし」
自然と口から滑り出した言葉に、ヴァルト様が頷いてくださったとき、私の笑顔は大変子どもっぽかったのではないかと、少し心配してしまいました。
ホールの方から現れたのは、珍しく息を切らしたヴァルト様です。私たちがもみ合いになっていることを確認するや否や、にわかにその表情を険しくさせました。
「ひっ!? ヴァルト王子殿下、これはその」
「その手を放せ、げほっ、エゼゥバート」
アランデル様のお顔に「何でこいつら二人とも鼻声なんだ」という疑問が滲んでいますわ。ですがそのおかげで肩を掴んでいた手が弛み、私は急いでアランデル様の脇を走り抜けました。
「ヴァルト様っ──わ」
駆け寄ると同時に背中を抱き寄せられ、私はそのままヴァルト様の肩に担がれてしまいました。
刹那、後方から大きな音が鳴り、思わず両脚が跳ねます。ついでにアランデル様の「ほぁッ!!」という滅多に聞けない悲鳴も上がりました。
そうっと後ろを窺ってみると、アランデル様の股下にヴァルト様の片足が埋まっています。……位置があと少し上だったら今頃、王宮全体に絶叫が響き渡っていたことでしょう。
がらがらと小さな瓦礫を落としながら足を引っ込めたヴァルト様は、鼻をすすってから告げました。
「婚約者は他を当たれ。こいつは降りるそうだ」
真っ青なお顔で小刻みに頷かれたアランデル様は、さりげなく股間を手で守りながら走り去っていきました。
あれが私を嗤っていた男かと、何とも情けない後ろ姿を見送っていれば、不意に体がゆっくりと降ろされます。ついヴァルト様の首にしがみついていた私は、はっと手を放しました。
「ヴァルト様……ありがとうございました」
「いや、すまなかった。ロッシュ男爵と目が合ったのが良くなかったか……」
「え?」
「孤児院の件で長々と話し込まれてな。随分と乗り気だったぞ」
それはもしかして、私がセイラム様にご提案した件でしょうか。良かった、男爵は嫌がらずに応じてくださったのですね。
思わぬところでお仕事の成果を知らされ、私が喜んだのも束の間、ヴァルト様は渋い表情で上着を脱ぎました。
「それよりあの男だ。怪我はないか」
「あ、は、はい。おかげさまで」
背中は柱にぶつけましたけど、それぐらいですわ。と無事を伝えるよりも先に、ヴァルト様は脱いだ上着を私の肩に掛けてくださいました。
ずっと夜風に晒されていた背中が温もりに覆われ、私は知らずのうちに安堵の溜息を漏らしました。……先程の出来事で、自覚している以上に私は怯えていたようです。
掴まれた手も痛かったですし、連れ出されるときに誰も止めてくれませんでしたし──唇を奪われそうになって抵抗できたのは、火事場の馬鹿力とやらに他なりませんわ。
「ローレント嬢?」
少しばかり痛む手首を優しく掬われ、私はとうとう顔をぐしゃぐしゃに歪めてしまいました。
「……!? おい、どこか痛むのか」
途端に慌て始めたヴァルト様が、私の頬を転がり落ちていく涙を、不器用にも拭ってくださいます。
私、ヴァルト様のお体に入っていたから分かりますのよ。こんなにも誰かに優しく触れるには、細心の注意を払わなくてはいけませんの。ダンスのときだって、私がどこも傷めないように加減をしてくださっていたのでしょう。
ヴァルト様は当然だと仰るでしょうけど、今しがた無理やり力で押さえつけられていた身としては、ひどく安心いたします。
どうしようもなく、嬉しく思うのです。
「ヴァルト様、助けに来てくださって、ありがとうございます」
「あ……? ああ。男爵と話していたら、急に鼻が詰まり出したから」
「ふふ」
そういえば私たち、未だに鼻声でしたわ。いつになったら治るのでしょうかコレ。
可笑しくなって笑ってしまえば、ヴァルト様は何とも理解しがたいと言わんばかりのお顔で、私の背を摩りました。
「泣いたり笑ったり忙しいな。今日はもう部屋に戻って休め」
「は……あ、嫌ですわ!」
「は?」
「こんな気分で舞踏会を終えるのは嫌ですの。だから……ああでも化粧が崩れてしまったからホールにも戻れませんわね……」
私の言わんとしていることを汲んでくださったのか、ヴァルト様は苦笑をこぼしつつも手を引きました。
柱廊の隣には青白く照らされたお庭がございます。
ホールから微かに演奏が届く銀の庭で、ヴァルト様は私の我儘を聞いてくださいました。誰の目も気にせず、決められた単調なステップに弾みをつけて踊るワルツは、いつになく解放的で楽しいものでした。
「ヴァルト様、ちゃんとお互いの体が元に戻ったら、また踊ってくださいまし」
自然と口から滑り出した言葉に、ヴァルト様が頷いてくださったとき、私の笑顔は大変子どもっぽかったのではないかと、少し心配してしまいました。