目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
セイラム様の初恋がカルミネ様だったとは。
意外と言えば意外ですけれど、仕方ない気もしますわ。一目見ただけでは、誰だって彼女が子持ちだとは思いませんものね。昔も今と同じで、永遠の十六歳といった感じだったのでしょう。
執務室の隣にある仮眠室を覗き込めば、完全にやさぐれたご様子のセイラム様が職務放棄をしておられます。前代未聞ですわ。
苦い初恋のお話はどうやらとんでもない地雷だったようだと、私とヴァルト様はちょっとだけ反省して書類の整理に当たっている次第です。
──ううん、やっぱり緊張いたしますわ。
昨日の舞踏会を終えてから、私どうにも胸が騒ぎますの。
ヴァルト様のお体に再び入れ替わり、改めて太い腕やら分厚い胸板を見ると、わけもなく顔が熱くなってしまいますわ。他人からは巨漢が自分の肉体美に本気で惚れ惚れしている姿にしか見えないのが救いです。
それはさておき、とにかく私、今や自分の顔を鏡で見ては照れてしまう気持ち悪い人になってしまっていますの。
ヴァルト様はもう少し眉間に力を入れていらしたから、こうやって──きゃあ! これですわよこのお顔! 昨日もこんな感じのお顔でしたわ!
「何やってるんだ」
「ぎゃあ!?」
手鏡を持って百面相をしていたら、そこに乙女の怪訝な顔がにゅっと映り込みます。あられもない悲鳴を上げて仰け反れば、ヴァルト様が凝りを解すように首を回しました。
「少し休憩だ。お前も楽にしておけ」
「あっ、な、なら私はお茶でも頂いてきますわね! ヴァルト様もお飲みになります?」
「じゃあ頼む──だがお前その体だと茶器ぶっ壊すんじゃ」
「だーいじょうぶですわよ! ご心配なく! ほほほ!」
──結論から言うと茶器は木端微塵に砕け散りましたので、私はベルを鳴らして侍女を呼ばせていただきました。
というわけで侍女が紅茶を運んできてくれるまで、私は手持無沙汰にも執務室から見える庭園を眺めるしかなく。
ああ、それにしても私、やっぱり昨日から変ですわ!
いえ理由はもう分かっていますの、分かっているのですけれど。私って殿方に優しくされるとすぐ「あらーっ素敵!」と思ってしまう癖がついてしまっていて、その──今、ヴァルト様に抱いている気持ちに対して、あまり自信がないのです。
アランデル様に対する好意も、結局は爵位とお金のためにでっちあげた即席の恋心でしたし、それまでに惹かれた殿方もやっぱり肩書を前提にしていましたし──。
というか私、アランデル様の婚約者になると豪語しておきながら、普通に他の殿方も品定めしていたのかしら。我ながらとんでもない根性をしていますわね。
こほん。取り敢えずそういった前科、いえ経験があるからこそ、ヴァルト様に覚える仄かな胸の疼きを恋情と称してよいものか、判断しかねている次第でございました。
「……だからセイラム様に初恋を聞きたかったのですけれど……」
ぼそりと呟き、私は肩を落としました。
男女では初恋の感じ方こそ違うのかもしれませんけど、何か共感できそうな部分があれば良いなと思って。結果はセイラム様の精神を破壊しただけでしたわ。
それにしても、もしもこれが世間一般の恋心だとして──私、どうすればよいのでしょう?
私は別にヴァルト様と親しいがゆえに王宮へ召し上げられたわけではなく、呪術の被害者として一時的な協力関係を結んでいるだけですわ。カルミネ様の治療薬が完成して、無事に体が戻った暁には──私も伯爵領に帰らねばなりません。
そうなれば今のようにヴァルト様と気軽にお話しできなくなりますし、そもそもヴァルト様には婚約者候補が既に大勢いらっしゃるでしょうし──。
「……ローレント嬢?」
はっと我に返った頃には、目の前の窓硝子が何故か白く曇っていました。
もしかしなくともコレ、私があまりにも考え込んでいたせいでヴァルト様のお体から熱が発生したのでは!? それか鼻息!
「きゃー!? 恥ずかしいですわ、もっと別のことで頭を働かせやがれですわ私!!」
「何か考えてたのか」
「え、それはこ、こ、こここ鯉の餌やりについてですわ!!」
袖口でごしごしと窓硝子を拭いてから振り返れば、ソファにだらりと寝そべったままのヴァルト様が案の定、疑問符を浮かべて私を見ていました。
「……鯉を、太らせて食うのか?」
「そんなところでございますわね!!」
適当な誤魔化し方をしたせいで、後ほど東の愁国というところから「次期王太子殿に」と観賞用の鯉が大量に贈られてくるのですが(ついでに言うとセイラム様がまた白眼を剥かれるのですが)それはまた別の話でございます。
意外と言えば意外ですけれど、仕方ない気もしますわ。一目見ただけでは、誰だって彼女が子持ちだとは思いませんものね。昔も今と同じで、永遠の十六歳といった感じだったのでしょう。
執務室の隣にある仮眠室を覗き込めば、完全にやさぐれたご様子のセイラム様が職務放棄をしておられます。前代未聞ですわ。
苦い初恋のお話はどうやらとんでもない地雷だったようだと、私とヴァルト様はちょっとだけ反省して書類の整理に当たっている次第です。
──ううん、やっぱり緊張いたしますわ。
昨日の舞踏会を終えてから、私どうにも胸が騒ぎますの。
ヴァルト様のお体に再び入れ替わり、改めて太い腕やら分厚い胸板を見ると、わけもなく顔が熱くなってしまいますわ。他人からは巨漢が自分の肉体美に本気で惚れ惚れしている姿にしか見えないのが救いです。
それはさておき、とにかく私、今や自分の顔を鏡で見ては照れてしまう気持ち悪い人になってしまっていますの。
ヴァルト様はもう少し眉間に力を入れていらしたから、こうやって──きゃあ! これですわよこのお顔! 昨日もこんな感じのお顔でしたわ!
「何やってるんだ」
「ぎゃあ!?」
手鏡を持って百面相をしていたら、そこに乙女の怪訝な顔がにゅっと映り込みます。あられもない悲鳴を上げて仰け反れば、ヴァルト様が凝りを解すように首を回しました。
「少し休憩だ。お前も楽にしておけ」
「あっ、な、なら私はお茶でも頂いてきますわね! ヴァルト様もお飲みになります?」
「じゃあ頼む──だがお前その体だと茶器ぶっ壊すんじゃ」
「だーいじょうぶですわよ! ご心配なく! ほほほ!」
──結論から言うと茶器は木端微塵に砕け散りましたので、私はベルを鳴らして侍女を呼ばせていただきました。
というわけで侍女が紅茶を運んできてくれるまで、私は手持無沙汰にも執務室から見える庭園を眺めるしかなく。
ああ、それにしても私、やっぱり昨日から変ですわ!
いえ理由はもう分かっていますの、分かっているのですけれど。私って殿方に優しくされるとすぐ「あらーっ素敵!」と思ってしまう癖がついてしまっていて、その──今、ヴァルト様に抱いている気持ちに対して、あまり自信がないのです。
アランデル様に対する好意も、結局は爵位とお金のためにでっちあげた即席の恋心でしたし、それまでに惹かれた殿方もやっぱり肩書を前提にしていましたし──。
というか私、アランデル様の婚約者になると豪語しておきながら、普通に他の殿方も品定めしていたのかしら。我ながらとんでもない根性をしていますわね。
こほん。取り敢えずそういった前科、いえ経験があるからこそ、ヴァルト様に覚える仄かな胸の疼きを恋情と称してよいものか、判断しかねている次第でございました。
「……だからセイラム様に初恋を聞きたかったのですけれど……」
ぼそりと呟き、私は肩を落としました。
男女では初恋の感じ方こそ違うのかもしれませんけど、何か共感できそうな部分があれば良いなと思って。結果はセイラム様の精神を破壊しただけでしたわ。
それにしても、もしもこれが世間一般の恋心だとして──私、どうすればよいのでしょう?
私は別にヴァルト様と親しいがゆえに王宮へ召し上げられたわけではなく、呪術の被害者として一時的な協力関係を結んでいるだけですわ。カルミネ様の治療薬が完成して、無事に体が戻った暁には──私も伯爵領に帰らねばなりません。
そうなれば今のようにヴァルト様と気軽にお話しできなくなりますし、そもそもヴァルト様には婚約者候補が既に大勢いらっしゃるでしょうし──。
「……ローレント嬢?」
はっと我に返った頃には、目の前の窓硝子が何故か白く曇っていました。
もしかしなくともコレ、私があまりにも考え込んでいたせいでヴァルト様のお体から熱が発生したのでは!? それか鼻息!
「きゃー!? 恥ずかしいですわ、もっと別のことで頭を働かせやがれですわ私!!」
「何か考えてたのか」
「え、それはこ、こ、こここ鯉の餌やりについてですわ!!」
袖口でごしごしと窓硝子を拭いてから振り返れば、ソファにだらりと寝そべったままのヴァルト様が案の定、疑問符を浮かべて私を見ていました。
「……鯉を、太らせて食うのか?」
「そんなところでございますわね!!」
適当な誤魔化し方をしたせいで、後ほど東の愁国というところから「次期王太子殿に」と観賞用の鯉が大量に贈られてくるのですが(ついでに言うとセイラム様がまた白眼を剥かれるのですが)それはまた別の話でございます。