目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
白鷹の騎士団が大きな網を広げ、突進するダチョウを捕獲しようと走り出します。どうしましょうっ、このままでは治療薬がゲイル公爵に奪われてしまいますわ!
「ローレント嬢、引き返せ」
「え!?」
耳元で囁かれては慌てて減速すると、腕の中にいたヴァルト様が少しばかり身を乗り出しました。
そして再び輪っかにした指を咥え、口笛を吹いたのです。
清々しく廊下に響いた快音に釣られ、ダチョウがぐるりとこちらに頭を向けました。ドタドタと踏み鳴らしていた両脚を反転させ、白鷹の騎士団とは真逆──私たちの方へ走ってきます。
「あ」
デジャヴと思ったときには既に遅く、ダチョウの正面にいたゲイル公爵がべしゃりと踏み倒されました。
「ゲイル公爵ーッ!!」
騒然となる廊下を背に、私は急いで来た道を引き返します。今度こそ故意に人を轢いたヴァルト様は、素知らぬ顔で「庭に誘き出すか」と呟いておられました。
「ちょ、ちょっとヴァルト様、公爵のあばらと背骨について心配はしておりませんの」
「老体をずっと走らせるのは忍びないからな。休んでもらっただけだ」
「息切れより悲惨な状態になっていますけど!?」
「それよりローレント嬢、王宮の中を走り続けるのは危険だ。外に出てくれ」
ヴァルト様、表情に出さないだけでゲイル公爵のことがお嫌いだったのでしょうか。
私が指示通りに外へ出ると、ダチョウも素直に後を追ってきました。いえ、素直といっても全速力なので危険極まりないのですけれど。
「──来たぞ、捕まえろ!」
「え!?」
広大な中庭が視界に展開された瞬間、茂みから待ち伏せの兵が飛び出しました。白鷹の騎士団以外にも、第二王子派の貴族が私兵を動かしているのでしょうか。人数が多すぎますわ!
「不味い、曲がれ!」
すぐさまヴァルト様が包囲網の穴を見つけ、そちらに誘導してくださいました。同時に口笛でダチョウも引き寄せつつ、私たちが柱廊を横切ったときです。
「──ヴァルト殿下をお守りしろ!」
威勢のいい雄叫びと共に、皆一様に体格の良い筋肉集団──もとい蒼鷲の騎士団がダチョウの後ろに割り込みました。第二王子派の兵士らは立ちはだかる強固な壁に恐れおののき、どよめきと共にたたらを踏んでいます。
「まぁ! 皆さん来てくださったのね!」
「──確実にこうなると思っていましたので」
「えっ」
この声はセイラム様!? あの根っからの文官セイラム様も走っていらっしゃるの!?
私が驚愕して振り返ると、そこには平然と馬に股がったセイラム様がこちらを見下ろしていました。
「このッ……ずるいですわセイラム様!! 何で唯一の女性である私だけが走っていますのぉ!?」
「今のリシェル様はどこからどう見ても男でしょう。ダチョウと鬼ごっこが出来るのは貴女ぐらいですよ」
くっ、納得がいきませんわ。この調子だと体が戻っても巨漢扱いされそうです。由々しき事態ですわ。
「……ローレント嬢、耳を貸せ」
じっと馬を見詰めていたヴァルト様が、何故かとても小さな声で私に呼び掛けました。ちょいちょいと手招きされたので、私は顔を近づけ──。
「──…………なるほど!」
私とヴァルト様は名案とばかりに頷き合い、同時にセイラム様の方を見上げました。
「セイラム様!! 口笛は吹けまして!?」
「は? 口笛?」
「今すぐ吹け。上官命令だ」
「そんな命令がありますか」
怪訝なお顔のまま、セイラム様は渋々とですが口笛を吹いてくださいました。ですがヴァルト様のように勢いがなく、音もそれほど大きくありません。
「駄目ですわセイラム様! もっと気合いを入れてお吹きなさい! はい一気! 一気!」
「腹筋使え腹筋。気持ちも込めろ」
「うるさいなあんたら! 何の気持ちだ!」
雑な煽りに耐え兼ねたセイラム様が、やけっぱちに口笛を吹きました。先程より音に張りがありますわ!
後ろを走るダチョウを窺ってみると、その黒々とした双眸が私たちから外れ、口笛を吹いたセイラム様の方に狙いを定めています。
「よし!! セイラム様、そのまま馬で走り続けてくださいまし!」
「え」
「中庭を一周してこい。ダチョウがはぐれそうになったらまた口笛で誘導するように」
「はあぁ!?」
さっと脇道に逸れた私たちに、セイラム様の悲痛な叫びはよく聞こえませんでした。馬を追いかけてドタドタと走り去っていったダチョウを見送り、私は一度その場に崩れ落ちます。
「さ、さすがに疲れましたわ……! セイラム様が来てくださって良かった」
「少し休め。ダチョウが戻ってきたら作戦実行だ」
私の肩を労わるように撫でたヴァルト様は、石畳の上で靴をぽいぽいと脱ぎ捨てたのでした。
「ローレント嬢、引き返せ」
「え!?」
耳元で囁かれては慌てて減速すると、腕の中にいたヴァルト様が少しばかり身を乗り出しました。
そして再び輪っかにした指を咥え、口笛を吹いたのです。
清々しく廊下に響いた快音に釣られ、ダチョウがぐるりとこちらに頭を向けました。ドタドタと踏み鳴らしていた両脚を反転させ、白鷹の騎士団とは真逆──私たちの方へ走ってきます。
「あ」
デジャヴと思ったときには既に遅く、ダチョウの正面にいたゲイル公爵がべしゃりと踏み倒されました。
「ゲイル公爵ーッ!!」
騒然となる廊下を背に、私は急いで来た道を引き返します。今度こそ故意に人を轢いたヴァルト様は、素知らぬ顔で「庭に誘き出すか」と呟いておられました。
「ちょ、ちょっとヴァルト様、公爵のあばらと背骨について心配はしておりませんの」
「老体をずっと走らせるのは忍びないからな。休んでもらっただけだ」
「息切れより悲惨な状態になっていますけど!?」
「それよりローレント嬢、王宮の中を走り続けるのは危険だ。外に出てくれ」
ヴァルト様、表情に出さないだけでゲイル公爵のことがお嫌いだったのでしょうか。
私が指示通りに外へ出ると、ダチョウも素直に後を追ってきました。いえ、素直といっても全速力なので危険極まりないのですけれど。
「──来たぞ、捕まえろ!」
「え!?」
広大な中庭が視界に展開された瞬間、茂みから待ち伏せの兵が飛び出しました。白鷹の騎士団以外にも、第二王子派の貴族が私兵を動かしているのでしょうか。人数が多すぎますわ!
「不味い、曲がれ!」
すぐさまヴァルト様が包囲網の穴を見つけ、そちらに誘導してくださいました。同時に口笛でダチョウも引き寄せつつ、私たちが柱廊を横切ったときです。
「──ヴァルト殿下をお守りしろ!」
威勢のいい雄叫びと共に、皆一様に体格の良い筋肉集団──もとい蒼鷲の騎士団がダチョウの後ろに割り込みました。第二王子派の兵士らは立ちはだかる強固な壁に恐れおののき、どよめきと共にたたらを踏んでいます。
「まぁ! 皆さん来てくださったのね!」
「──確実にこうなると思っていましたので」
「えっ」
この声はセイラム様!? あの根っからの文官セイラム様も走っていらっしゃるの!?
私が驚愕して振り返ると、そこには平然と馬に股がったセイラム様がこちらを見下ろしていました。
「このッ……ずるいですわセイラム様!! 何で唯一の女性である私だけが走っていますのぉ!?」
「今のリシェル様はどこからどう見ても男でしょう。ダチョウと鬼ごっこが出来るのは貴女ぐらいですよ」
くっ、納得がいきませんわ。この調子だと体が戻っても巨漢扱いされそうです。由々しき事態ですわ。
「……ローレント嬢、耳を貸せ」
じっと馬を見詰めていたヴァルト様が、何故かとても小さな声で私に呼び掛けました。ちょいちょいと手招きされたので、私は顔を近づけ──。
「──…………なるほど!」
私とヴァルト様は名案とばかりに頷き合い、同時にセイラム様の方を見上げました。
「セイラム様!! 口笛は吹けまして!?」
「は? 口笛?」
「今すぐ吹け。上官命令だ」
「そんな命令がありますか」
怪訝なお顔のまま、セイラム様は渋々とですが口笛を吹いてくださいました。ですがヴァルト様のように勢いがなく、音もそれほど大きくありません。
「駄目ですわセイラム様! もっと気合いを入れてお吹きなさい! はい一気! 一気!」
「腹筋使え腹筋。気持ちも込めろ」
「うるさいなあんたら! 何の気持ちだ!」
雑な煽りに耐え兼ねたセイラム様が、やけっぱちに口笛を吹きました。先程より音に張りがありますわ!
後ろを走るダチョウを窺ってみると、その黒々とした双眸が私たちから外れ、口笛を吹いたセイラム様の方に狙いを定めています。
「よし!! セイラム様、そのまま馬で走り続けてくださいまし!」
「え」
「中庭を一周してこい。ダチョウがはぐれそうになったらまた口笛で誘導するように」
「はあぁ!?」
さっと脇道に逸れた私たちに、セイラム様の悲痛な叫びはよく聞こえませんでした。馬を追いかけてドタドタと走り去っていったダチョウを見送り、私は一度その場に崩れ落ちます。
「さ、さすがに疲れましたわ……! セイラム様が来てくださって良かった」
「少し休め。ダチョウが戻ってきたら作戦実行だ」
私の肩を労わるように撫でたヴァルト様は、石畳の上で靴をぽいぽいと脱ぎ捨てたのでした。