目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
 ──ダチョウがちっとも足を止めてくれない以上、その首に掛かった小瓶を掠め取る方法は一つだと、ヴァルト様は仰いました。

「俺がダチョウに乗ってくる」
「無理無理無理!! よく考えたらやっぱり危険ですわその作戦!!」

 頭に酸素が行き届いていなかったのでしょうか、先程は素晴らしい名案だと思ったのですけれども。
 ヴァルト様は既にやる気満々のようで、靴を脱いで準備運動に入ってしまっています。

「お前が無理に捕まえるとダチョウが怪我をするかもしれん。それはカルミネに申し訳が立たん」
「そ、そうですけど」
「網を用意する時間もないしな。──心配は不要だ、この体はもう以前の骨付きチキンではないぞ」
「得意げに仰らないでくださる!?」

 必死に見ないようにしていましたけど、私の体には日々の筋トレが功を奏したのか、すらりとした筋肉が付いておりました。腕も脚も、全体的に逞しくなっていますわ。
 いえ、まぁ確かに以前が細すぎたのかもしれません。もしかしたらヴァルト様が私の体に入ったおかげで、今までの不調が全て解決されている可能性だってありますわ。何となく悔しいです。

「取り敢えずお前はダチョウに近付いてくれればいい」
「う、うう……分かりましたわ。小瓶が取れたらどうしますの?」
「セイラムの馬に飛び移る。難しければお前に頼るかもしれん」

 治療薬の入った小瓶を回収したら、ダチョウを王宮の外に逃がして作戦完了です。間違ってもダチョウを弓などで攻撃しないよう、既に騎士団の方にはセイラム様から伝達が為されているだろうとのことでした。
 いえいえ、それよりヴァルト様が心配ですわ。いくら私の体が少しばかり丈夫になったとは言え、そもそも騎馬とダチョウじゃ乗り心地が全く違うでしょうに。

「本当に大丈夫ですの? 振り落とされたりしたら」
「案ずるな、お前の体で無茶はしない」
「あ……そうじゃなくって! 私、ヴァルト様が元のお体でも心配しますわよ。その、体が丈夫かそうでないかではなくて」

 言いたいことがまとまらずに、もごもごと口ごもる私に、ヴァルト様は不思議そうに首を傾げておられました。
 しかし、やがて心得たと言わんばかりに口元を綻ばせ、私の手を握って告げたのです。

「……ローレント嬢、こんな時に言うのも何だが……俺はあまり、誰かに心配された経験がなくてな」
「へ」
「異民族と戦ったときも、戦場に行くなとは誰も言わなかった。彼らが俺に預けるのは心配や不安ではなく、希望でなければいけなかったから」

 ──それが当然だった。

 ヴァルト様は繋いだ手を見詰め、苦笑をこぼされました。

「王子という身分もそうだが、その図体だと余計に期待されてな」
「あ、でしょうね」


「だから俺がその姿でなければ、もう価値などないと焦り……無様にもお前に当たった」


 私は思わず言葉を失いました。

 それは私たちが入れ替わって間もなくのこと、アランデル様とのお茶会でのことです。
 己の武器である容姿に依存し、他者の期待に合わせようとしていた私への怒り。あれは──ヴァルト様自身の苛立ちと焦りでもあったのだと、今更ながら知りました。

「だが今は違う。お前も、セイラムも、一応クロムとカルミネも、俺をそのまま正面から見てくれると分かった」
「ヴァルト様……」

 心と体。
 本来なら決して離れることのない二つが、私たちは別々になってしまいました。そうなることで、初めて己の「存在」というものに目を向けたのは、ヴァルト様も同じだったのでしょう。
 誰しもが持つ肉体という名の仮面を奪われ、丸裸の心を晒すことに恐怖したのでしょう。

「わ、私も同じですわ。だから……ヴァルト様がいつも私を、リシェル=ローレントを気遣ってくださるのが、嬉しくて」
「それはお互い様だ。現に今も、お前は自分の体ではなく、俺を心配してくれたのだろう?」

 私が少しの羞恥を堪えながら頷けば、ヴァルト様は嬉しそうに笑いました。
 す──凄まじい破壊力。今度は私の顔面ではなくて、こちらのお顔で是非とも再放送をお願いしたいですわ。

 ああもう、急に何ですの! こんなことを言われてしまったら、認めるしかないではありませんか!
 私は決して夜会マジックなるもので、ヴァルト様に心惹かれていたのではありませんわ。況してやヴァルト様の容姿や身分を判断材料にしたわけでもないのです。


 今、目の前にいらっしゃる御方が、どうしようもなく愛おしい。


 胸の奥が締め付けられるような感覚を持て余し、私が縋るように手を握り締めたときでした。


「──いや、ちょっとあんたら何も用意してないじゃないですか!?」


 馬に乗ったセイラム様とダチョウが隣を駆け抜けていきました。
 私とヴァルト様はハッとして、中庭の二周目を余儀なくされたセイラム様の背中を振り返ります。

「あーっ!? ごめんなさいセイラム様!! 忘れていたわけではありませんの!! もう一周お願いしますわー!!」
「ローレント嬢、もう行けそうか」
「ええ! 次こそダチョウから小瓶を頂きましょう!」

 セイラム様の労力を無駄にしないためにも、私たちは今度こそ準備に取り掛かったのでした。
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