目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
「やあ何処へ行っていたミア! 僕をこんな椅子に縛り付けて!」
「すみません、どうも昨日の殿下が腹立たしかったので、つい」
執務机の椅子に縄でぐるぐる巻きにされたマクシムが、ミヤビを見つけるや否や絶叫する。
白鳥王子を演じるうちに白色が大好きになってしまったマクシムの居室は、驚くほど何もかもが白い。何も知らない人間が入れば、清廉な王女の私室か何かと勘違いすることだろう。
「珍しくミアが大胆にも抱き付いてきたと思ったらこの仕打ちだ。僕はこんなことをされずとも書類ぐらい捌ける」
「申し上げた通り私の個人的な苛立ちによるものですので、どうぞ寛大な御心でお許しください」
「そのびっくりするほどの図々しさ嫌いではないぞ」
不満げに言いつつも手を動かし、手元の文書にサインをしたマクシムが大袈裟に溜息をつく。
「僕が何か気分でも害したか」
「心当たりはございませんか」
「ない──おや、待て、首でも落とす気かミア」
無意識のうちに剣に手を掛けていたミヤビは、ゆっくりと指先を離した。
「僕がラフィーネへ行くのが不服か?」
「殿下の決定に異を唱えるつもりはありません。が、降下の件については事前に知らされておりませんでしたので」
「ははぁ……なるほど寂しかったのだな? 可愛い奴め」
ムッと唇を噛んだミヤビは、しかして反論も思い浮かばず。代わりに耳を赤くした。
昨日から胸中に燻っている苛立ち。
それはきっと彼女が知らずのうちに、マクシムの配下として信頼されていると自負していたがゆえの──落胆だ。
やはり自分も他の駒と同じ、マクシムにとって替えのきく存在でしかなかったのだと。
そうでなければ、王子の身分から離れるという重要な決断について、一言ぐらい相談されていたはずだから。
「……私は……私は殿下の騎士です。例え気まぐれに拾われたのだとしても、もう少し……信頼されているものと思っておりました」
ぴた、とマクシムの手が止まる。
彼が顔を上げるのに併せ、ミヤビは静かな溜息と共に瞑目した。
「……出過ぎた発言をいたしました。失礼します」
「ミア、待て。待て待て待て、どこへ行く。退室するなら僕の縄を解いて行け、ミア!!」
ガッタガッタと椅子ごと動き回る王子に背を向け、どんよりと肩を落としたミヤビはそのまま扉を閉める。
直後、がつんと痛々しい音が部屋から聞こえ、仕方なしに彼女は再び扉をそっと開いた。
隙間から様子を窺ってみると、マクシムが椅子ごと倒れている。いくら腹黒かろうが賢かろうが、彼は兄王子と違って肉体派ではない。これがヴァルト王子なら、縄どころか椅子ごと破壊して脱出していることだろうが。
「……見ているのなら助けないか、ミア」
途方に暮れた声。俯せのまま動けないマクシムに、ミヤビは小さく溜息をついた。
──無言で縄の結び目をほどき、マクシムの尻に引っ付いていた椅子を外す。
ようやく体が自由になったマクシムは、床に這いつくばりながらも何とか立ち上がり、未だ浮かない顔をしているミヤビを振り返った。
「……昔から容赦のない娘だったが、拗ねるとやることが格段に子供じみたものになるな」
「申し訳ございません」
「そもそも。僕がいつ、お前をここに置いて行くと言った」
ミヤビはまばたきを繰り返し、呆けた顔で彼を見上げた。
「昨晩、ご苦労だったと」
「あれは一日の労いだ。ほぼ毎日言っているだろう」
そういえばそうだった。
だが「王子を辞める」などと宣った直後の労いは、そういう意味に捉えてもおかしくないではないか。ミヤビが仕えてきた第二王子はいなくなる、ご苦労だった、と。
早とちりをして勝手に落ち込んでいたミヤビは、恥ずかしさを覚えて閉口する。
もう一度だけ謝罪の言葉を口にすれば、マクシムが「やれやれ」とかぶりを振った。
「お前を連れて行かなければ、ラフィーネを頂く意味がないだろうに」
「は……?」
マクシムは不服そうに眉を寄せ、ミヤビの額を指先で小突く。続けて二度三度と突かれてしまい、それに併せて彼女の背も仰け反っていく。
「何です、ラフィーネ領に何か思い入れでもあるのですか」
「地理に疎いのか? 隣に愁国があるだろうが、お前の故郷が」
「はあ──」
「僕はこの鬱陶しい身分を捨てたら、まず最初にミアの故郷へ行くと決めていたのだよ。勿論お前を連れて」
痛む額を摩ろうとすると、それよりも先に柔らかな感触が訪れる。
ミヤビは目の前にある彼の喉元を凝視した。取られた右手には気付けば指が絡み、一方で彼女の前髪がそっと梳かれる。
そうして、ゆっくりと額から離れたそれが、マクシムの唇だったことを知った。
「僕は王宮も、そこに暮らす人間にも興味は無いが……お前だけは何が何でも傍に置くつもりだぞ」
「……!」
「ミア、まだ分からないか? 僕は」
部屋には二人しかいないというのに、彼は誰にも聞かれたくないと言わんばかりに声を抑える。やがてミヤビの頬に両手を添えては、蕩けるような甘い笑みを浮かべ──。
「お前を恋人として」
「私を騎士として、生涯そばに置いてくださるのですね……!?」
「は?」
見事に被った言葉は、ミヤビの耳に届かず。
それどころかミヤビはいつになく喜びを露わにして、マクシムの手を掬い上げては頬擦りまでしてしまう。
「ありがとうございます殿下、今後も誠心誠意お仕えいたします! そうと決まれば残留する騎士たちに引き継ぎを行わねばなりませんね、失礼いたします」
「は、待て、ミア、──ミヤビ!!」
小躍りでもしそうな勢いで執務室を飛び出していった彼女を、マクシムは呆然と見送る。
やがて顔を片手で覆っては、行儀悪くも床に寝転がってしまった。
「くそ、途中までは良かったはず……」
頬擦りをされた右手を見詰め、彼は柄にもなく耳を赤くして黙り込んだのだった。
「すみません、どうも昨日の殿下が腹立たしかったので、つい」
執務机の椅子に縄でぐるぐる巻きにされたマクシムが、ミヤビを見つけるや否や絶叫する。
白鳥王子を演じるうちに白色が大好きになってしまったマクシムの居室は、驚くほど何もかもが白い。何も知らない人間が入れば、清廉な王女の私室か何かと勘違いすることだろう。
「珍しくミアが大胆にも抱き付いてきたと思ったらこの仕打ちだ。僕はこんなことをされずとも書類ぐらい捌ける」
「申し上げた通り私の個人的な苛立ちによるものですので、どうぞ寛大な御心でお許しください」
「そのびっくりするほどの図々しさ嫌いではないぞ」
不満げに言いつつも手を動かし、手元の文書にサインをしたマクシムが大袈裟に溜息をつく。
「僕が何か気分でも害したか」
「心当たりはございませんか」
「ない──おや、待て、首でも落とす気かミア」
無意識のうちに剣に手を掛けていたミヤビは、ゆっくりと指先を離した。
「僕がラフィーネへ行くのが不服か?」
「殿下の決定に異を唱えるつもりはありません。が、降下の件については事前に知らされておりませんでしたので」
「ははぁ……なるほど寂しかったのだな? 可愛い奴め」
ムッと唇を噛んだミヤビは、しかして反論も思い浮かばず。代わりに耳を赤くした。
昨日から胸中に燻っている苛立ち。
それはきっと彼女が知らずのうちに、マクシムの配下として信頼されていると自負していたがゆえの──落胆だ。
やはり自分も他の駒と同じ、マクシムにとって替えのきく存在でしかなかったのだと。
そうでなければ、王子の身分から離れるという重要な決断について、一言ぐらい相談されていたはずだから。
「……私は……私は殿下の騎士です。例え気まぐれに拾われたのだとしても、もう少し……信頼されているものと思っておりました」
ぴた、とマクシムの手が止まる。
彼が顔を上げるのに併せ、ミヤビは静かな溜息と共に瞑目した。
「……出過ぎた発言をいたしました。失礼します」
「ミア、待て。待て待て待て、どこへ行く。退室するなら僕の縄を解いて行け、ミア!!」
ガッタガッタと椅子ごと動き回る王子に背を向け、どんよりと肩を落としたミヤビはそのまま扉を閉める。
直後、がつんと痛々しい音が部屋から聞こえ、仕方なしに彼女は再び扉をそっと開いた。
隙間から様子を窺ってみると、マクシムが椅子ごと倒れている。いくら腹黒かろうが賢かろうが、彼は兄王子と違って肉体派ではない。これがヴァルト王子なら、縄どころか椅子ごと破壊して脱出していることだろうが。
「……見ているのなら助けないか、ミア」
途方に暮れた声。俯せのまま動けないマクシムに、ミヤビは小さく溜息をついた。
──無言で縄の結び目をほどき、マクシムの尻に引っ付いていた椅子を外す。
ようやく体が自由になったマクシムは、床に這いつくばりながらも何とか立ち上がり、未だ浮かない顔をしているミヤビを振り返った。
「……昔から容赦のない娘だったが、拗ねるとやることが格段に子供じみたものになるな」
「申し訳ございません」
「そもそも。僕がいつ、お前をここに置いて行くと言った」
ミヤビはまばたきを繰り返し、呆けた顔で彼を見上げた。
「昨晩、ご苦労だったと」
「あれは一日の労いだ。ほぼ毎日言っているだろう」
そういえばそうだった。
だが「王子を辞める」などと宣った直後の労いは、そういう意味に捉えてもおかしくないではないか。ミヤビが仕えてきた第二王子はいなくなる、ご苦労だった、と。
早とちりをして勝手に落ち込んでいたミヤビは、恥ずかしさを覚えて閉口する。
もう一度だけ謝罪の言葉を口にすれば、マクシムが「やれやれ」とかぶりを振った。
「お前を連れて行かなければ、ラフィーネを頂く意味がないだろうに」
「は……?」
マクシムは不服そうに眉を寄せ、ミヤビの額を指先で小突く。続けて二度三度と突かれてしまい、それに併せて彼女の背も仰け反っていく。
「何です、ラフィーネ領に何か思い入れでもあるのですか」
「地理に疎いのか? 隣に愁国があるだろうが、お前の故郷が」
「はあ──」
「僕はこの鬱陶しい身分を捨てたら、まず最初にミアの故郷へ行くと決めていたのだよ。勿論お前を連れて」
痛む額を摩ろうとすると、それよりも先に柔らかな感触が訪れる。
ミヤビは目の前にある彼の喉元を凝視した。取られた右手には気付けば指が絡み、一方で彼女の前髪がそっと梳かれる。
そうして、ゆっくりと額から離れたそれが、マクシムの唇だったことを知った。
「僕は王宮も、そこに暮らす人間にも興味は無いが……お前だけは何が何でも傍に置くつもりだぞ」
「……!」
「ミア、まだ分からないか? 僕は」
部屋には二人しかいないというのに、彼は誰にも聞かれたくないと言わんばかりに声を抑える。やがてミヤビの頬に両手を添えては、蕩けるような甘い笑みを浮かべ──。
「お前を恋人として」
「私を騎士として、生涯そばに置いてくださるのですね……!?」
「は?」
見事に被った言葉は、ミヤビの耳に届かず。
それどころかミヤビはいつになく喜びを露わにして、マクシムの手を掬い上げては頬擦りまでしてしまう。
「ありがとうございます殿下、今後も誠心誠意お仕えいたします! そうと決まれば残留する騎士たちに引き継ぎを行わねばなりませんね、失礼いたします」
「は、待て、ミア、──ミヤビ!!」
小躍りでもしそうな勢いで執務室を飛び出していった彼女を、マクシムは呆然と見送る。
やがて顔を片手で覆っては、行儀悪くも床に寝転がってしまった。
「くそ、途中までは良かったはず……」
頬擦りをされた右手を見詰め、彼は柄にもなく耳を赤くして黙り込んだのだった。