目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~

あなたの風邪はどこから

「セイラム様ぁー! 大変ですわ!」

 いつものように黙々と書類を捌いていたセイラムは、その中途半端な裏返った声に手を止める。

 何故だろう。
 何故この声が聞こえるのだろうと、多大な混乱と共に執務室の扉を見つめる。

 豪快に扉をぶち破って現れたのは、主君であるヴァルト王子──の皮を被った誰かだ。中に入っているのが誰なのか、セイラムは既に予想がついていた。

「な……何故……」

 だが断固として認めるわけにはいかない。
 あの悪夢の日々は終わったはずだと己に言い聞かせたのも虚しく、内股の王子はデカい図体をくねらせて嘆き始めた。


「──どうしましょうセイラム様! また体が入れ替わってしまいましたわ!!」
「ふざけんなァ!!」


 つい荒々しい口調で怒鳴り散らしたセイラムは、絶望を露わにしながら机に突っ伏す。
 一体何がどうなっている。
 ヴァルト王子とリシェルに掛けられた呪術は、カルミネの治療薬で解かれたはずだろう。何がどうして再びこんなことに。

 真っ青な顔で打ちのめされているセイラムに、構うことなく王子──の体に入ってしまったリシェルが言う。

「ほら、ご覧になってくださいまし、セイラム様! 私の体にヴァルト様が……」

 はっとしてセイラムは顔を上げる。
 そうだ、まずは落ち着かねば。王子と話し合い、前回と同様、冷静に対処しなければ。
 必死に平静を保っていると、廊下から顔を覗かせた銀髪の乙女と目が合う。その表情は至って落ち着いており、今はそれがありがたかった。

 普段から口数が少なく、無駄に肝が据わったヴァルトが主人だったからこそ、セイラムは今まで何事にも焦ることなく対応を取ることが可能だったのだ。
 ゆえに今回も、王子と共に苦難を乗り越えれば良いだけのこと。

 セイラムはふっと息を吐き出し、何故か未だ部屋へ入ろうとしない乙女に声を掛けた。

「ヴァルト様──」



「ウホッ」



 聞こえてはならないものが乙女の口から飛び出し、セイラムは持っていた羽根ペンをぶん投げた。
 勢いよく天井にぶつかったそれが再び机に落ちてきた瞬間、セイラムは騒々しく鼓動を刻む心臓を押さえ、もう一度、神に縋るような気持ちで呼び掛ける。

「……ヴァルト様?」
「ウホウホ」
「もう、本当に迷惑な話ですわよね、ヴァルト様。せっかくカルミネ様のお薬で元に戻れたというのに」
「ウホ……」
「うふふ、お優しいのですねヴァルト様ったら」
「待て待て待て何を普通に話してるんですかリシェル様!? それヴァルト様じゃなくてただのゴリラ!! あんたの体に入ってるの!! ゴリラ!!」

 頬に手を当て、「困った困った」とかぶりを振るリシェルとゴリラ。
 困った困ったじゃない、何でゴリラも一丁前に困っているんだとセイラムは混乱したまま、慌てて二人(?)の元へ駆け寄る。

「リシェル様、お待ちください。貴女のお体に入っているのは絶対ヴァルト様ではありません、ヴァルト様は人間ですから決してウホウホと鳴きません」
「え? そんな……では本物のヴァルト様の魂はどこへ消えてしまったのです?」

 神妙な面持ちでおろおろとし始めたリシェルの傍ら、ゴリラが何処からか取り出したバナナの皮を剥き始める。勘弁して欲しい。

「とにかくヴァルト様を捜さなければ……」
「俺ならここだ」
「まあ! ヴァルト様、そちらにいらっしゃったのね」

 リシェルが喜んだのと同様に、その落ち着いた声を聞いたセイラムの頭痛もスッと鳴りを潜めた。
 胸を撫で下ろしつつ後ろを振り返ったセイラムは、目の前にあったダチョウの顔を見て絶叫を上げたのだった。


 ◇◇◇


「……ヴァルト様。セイラム様は大丈夫でしょうか? さっきからずっと魘されていますわ」

 リシェルは長い銀髪を耳に掛けながら、仮眠室のソファで眠るセイラムの顔を覗き込んだ。
 彼は今朝から顔色が優れず、ヴァルトの指示で仮眠をとるように言われていた。渋々と従った彼が休憩に入った数分後、何とも苦しげな呻き声が聞こえてきたのだ。
 それを聞いたリシェルはヴァルトと共に慌てて仮眠室へ急行したわけだが──これは相当、ひどい悪夢を見ているらしい。

「お可哀想に……とても怖い夢を見ていらっしゃるのだわ」
「……無理やりにでも休暇を取らせるべきだったな」
「あ! そうですわヴァルト様、先程侍女からフルーツジュースを頂きましたの、セイラム様に差し入れしてもよろしくてっ?」
「構わんが」
「よかった、とっても美味しいバナナで──」

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