目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
4.私が指揮官ですわよ!
翌朝、アランデル様からお手紙が届けられました。
いつもはきゃっきゃと喜んでいたはずの甘ったるい挨拶をごっそり読み飛ばし、要約すると内容は一行ほどでまとまりました。
『体調が優れないので公爵領に戻る』
とのことです。
原因は言わずもがな、嵐のように暴れては立ち去った第一王子──私ですが──の奇行に怯え、そそくさと王宮からお逃げになられたのでしょう。
これであの似非紳士のアランデル様のお顔を見ずに済みますし、ヴァルト様がお茶会で私の振りをする必要もなくなりました。
昨日の出来事で私の心に少々の亀裂が入ったような気がしないでもないですが、意外とぐっすり眠れましたし食欲も旺盛ですし、不思議ととても元気です。
「むむ……これが失恋ですの? もっとこう、一晩中泣いたり枕を引き千切ったり屋上で叫んだり雨の中で暴れ回ったりするものと思っていましたわ」
「良かったですよ、その体でそんなことされたら騎士団総出で捕獲しないといけませんからね」
「まぁセイラム様ったら酷い! ヴァルト様、お聞きになりまして!?」
お手紙をびりびりに破りながら執務机を見遣れば、そこには相変わらず行儀悪く腰掛けるヴァルト様がいらっしゃいました。
もう、また机上に脚を乗せて……ここには私たち三人しかいませんから、いちいち注意もしませんけれど。
「……ん。何だ」
「まぁ! ですから私の失恋話ですわっ」
「失恋? したのか? いつ?」
「え」
心底不思議そうに尋ねられ、私は細切れになった紙屑を見下ろしました。
言われてみると私、伯爵家のために婚約者探しはしていましたけれど、胸を焦がすような熱い恋情を覚えたことはないような。
アランデル様のことも公爵家の跡取り息子という超お買い得──こほん、素晴らしい肩書を透かして見ていたような気がします。だから多少の行儀悪さにも目を瞑って、というか目が眩んでいたといいますか。
とにかくアランデル様を好きだと思い込むことで、あれこれ尽くせていたのだと今なら分かります──つまり。
「え!! 私、失恋していませんわね!?」
「ヴァルト様、あまり彼女を元気にさせないでください」
「きゃーっ、ということは私はまだ清らかで初心な乙女のままですのね!」
「俺の姿でうじうじされるより良いんじゃないのか。──ローレント嬢、機嫌がよくなったところで頼みがある」
歓喜の声と共に紙吹雪を降らせていると、ヴァルト様がふと何かを決めた様子で立ち上がられました。
私が床に散らばった手紙の残骸を拾い集めながら見上げれば、ヴァルト様は長い銀髪を片手で払い、短く息をつきました。
「騎士団の訓練を見てきて欲しい」
「へ……騎士団?」
「あぁ。呪術師の所在が掴めるまで時間が掛かる。その間ずっと騎士団を放置しておくわけにはいかんからな」
確かヴァルト様には──いえ、成人された王族の方には、国王陛下からそれぞれ小規模の騎士団が贈られるとか。
次期王太子たるヴァルト様には「蒼鷲の騎士団」が、第二王子マクシム様には「白鷹の騎士団」が授けられていたはず。以下の王子王女殿下にも専属の騎士団が存在し、主君の手足として使役を許されているのです。
勿論、その管理は基本的に各王族に任されます。病や怪我などで一時的に統率権が陛下に移ることもございますが──その際は陛下からの信用が少しばかり落ちることも承知しなければなりません。
そこまでつらつらと王族の騎士団事情を思い出したところで、私はハッといたしました。
つまり今、ヴァルト様は理由もなく騎士団に顔を見せていない状況なのです。いえ顔を見せられない理由はバリバリにあるのですが、伯爵令嬢と体が入れ替わってしまったので暫く騎士団の面倒が見れない、などと陛下に申し上げたら立太子の儀が遠のきかねません。
「大変ですわねヴァルト様! 早く仰ってくれたら私、騎士団の方に顔を出しましたのに」
「何だ、もっと渋るかと思ったが」
「ヴァルト様にはお茶会に出席していただいたんですもの、私も王子代行として頑張らせていただきますわ」
ただでさえ執務に関してはセイラム様に任せきりなのですから、騎士団の訓練ぐらいは私が──……。
「ところで訓練って何をしますの?」
そうでした。武術もからっきしでしたわ、私。
セイラム様が後ろで小さく溜息をつく一方、私の反応を予測済みだったのか、ヴァルト様は静かに相槌を打ちました。
そして、丸めた羊皮紙を私に差し出します。どうやら私がアランデル様のお手紙を読んでいる間に、こちらを書いていらっしゃったようですね。
「これに従って進めればいい」
「まぁ、指示をまとめてくださったのですか? ありがとうございます」
さすがヴァルト様、この事務が全く出来なさそうな巨漢の姿に似合わず仕事がお早い、とまで出かかった言葉を飲み込み、私はそこに記された訓練内容を無言で見詰めたのでした。
いつもはきゃっきゃと喜んでいたはずの甘ったるい挨拶をごっそり読み飛ばし、要約すると内容は一行ほどでまとまりました。
『体調が優れないので公爵領に戻る』
とのことです。
原因は言わずもがな、嵐のように暴れては立ち去った第一王子──私ですが──の奇行に怯え、そそくさと王宮からお逃げになられたのでしょう。
これであの似非紳士のアランデル様のお顔を見ずに済みますし、ヴァルト様がお茶会で私の振りをする必要もなくなりました。
昨日の出来事で私の心に少々の亀裂が入ったような気がしないでもないですが、意外とぐっすり眠れましたし食欲も旺盛ですし、不思議ととても元気です。
「むむ……これが失恋ですの? もっとこう、一晩中泣いたり枕を引き千切ったり屋上で叫んだり雨の中で暴れ回ったりするものと思っていましたわ」
「良かったですよ、その体でそんなことされたら騎士団総出で捕獲しないといけませんからね」
「まぁセイラム様ったら酷い! ヴァルト様、お聞きになりまして!?」
お手紙をびりびりに破りながら執務机を見遣れば、そこには相変わらず行儀悪く腰掛けるヴァルト様がいらっしゃいました。
もう、また机上に脚を乗せて……ここには私たち三人しかいませんから、いちいち注意もしませんけれど。
「……ん。何だ」
「まぁ! ですから私の失恋話ですわっ」
「失恋? したのか? いつ?」
「え」
心底不思議そうに尋ねられ、私は細切れになった紙屑を見下ろしました。
言われてみると私、伯爵家のために婚約者探しはしていましたけれど、胸を焦がすような熱い恋情を覚えたことはないような。
アランデル様のことも公爵家の跡取り息子という超お買い得──こほん、素晴らしい肩書を透かして見ていたような気がします。だから多少の行儀悪さにも目を瞑って、というか目が眩んでいたといいますか。
とにかくアランデル様を好きだと思い込むことで、あれこれ尽くせていたのだと今なら分かります──つまり。
「え!! 私、失恋していませんわね!?」
「ヴァルト様、あまり彼女を元気にさせないでください」
「きゃーっ、ということは私はまだ清らかで初心な乙女のままですのね!」
「俺の姿でうじうじされるより良いんじゃないのか。──ローレント嬢、機嫌がよくなったところで頼みがある」
歓喜の声と共に紙吹雪を降らせていると、ヴァルト様がふと何かを決めた様子で立ち上がられました。
私が床に散らばった手紙の残骸を拾い集めながら見上げれば、ヴァルト様は長い銀髪を片手で払い、短く息をつきました。
「騎士団の訓練を見てきて欲しい」
「へ……騎士団?」
「あぁ。呪術師の所在が掴めるまで時間が掛かる。その間ずっと騎士団を放置しておくわけにはいかんからな」
確かヴァルト様には──いえ、成人された王族の方には、国王陛下からそれぞれ小規模の騎士団が贈られるとか。
次期王太子たるヴァルト様には「蒼鷲の騎士団」が、第二王子マクシム様には「白鷹の騎士団」が授けられていたはず。以下の王子王女殿下にも専属の騎士団が存在し、主君の手足として使役を許されているのです。
勿論、その管理は基本的に各王族に任されます。病や怪我などで一時的に統率権が陛下に移ることもございますが──その際は陛下からの信用が少しばかり落ちることも承知しなければなりません。
そこまでつらつらと王族の騎士団事情を思い出したところで、私はハッといたしました。
つまり今、ヴァルト様は理由もなく騎士団に顔を見せていない状況なのです。いえ顔を見せられない理由はバリバリにあるのですが、伯爵令嬢と体が入れ替わってしまったので暫く騎士団の面倒が見れない、などと陛下に申し上げたら立太子の儀が遠のきかねません。
「大変ですわねヴァルト様! 早く仰ってくれたら私、騎士団の方に顔を出しましたのに」
「何だ、もっと渋るかと思ったが」
「ヴァルト様にはお茶会に出席していただいたんですもの、私も王子代行として頑張らせていただきますわ」
ただでさえ執務に関してはセイラム様に任せきりなのですから、騎士団の訓練ぐらいは私が──……。
「ところで訓練って何をしますの?」
そうでした。武術もからっきしでしたわ、私。
セイラム様が後ろで小さく溜息をつく一方、私の反応を予測済みだったのか、ヴァルト様は静かに相槌を打ちました。
そして、丸めた羊皮紙を私に差し出します。どうやら私がアランデル様のお手紙を読んでいる間に、こちらを書いていらっしゃったようですね。
「これに従って進めればいい」
「まぁ、指示をまとめてくださったのですか? ありがとうございます」
さすがヴァルト様、この事務が全く出来なさそうな巨漢の姿に似合わず仕事がお早い、とまで出かかった言葉を飲み込み、私はそこに記された訓練内容を無言で見詰めたのでした。