とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第1話 秘書、失恋する
青葉俊介、三十六歳にして初めて失恋を味わう。
みっともない肩書きだが、今の自分を表す一番シンプルで分かりやすい表現だ。
出勤して早々、俊介は大きな溜息をつきたくなった。
大企業、藤宮コーポレション本社勤務になって五年。
「藤宮家の執事」から「藤宮代表取締役の社長秘書」に抜擢され、なんとかここまでやってきたが、今の自分にあるのは虚しさだけだ。
というのも、先日────いや、もっと前からだ。長年の片思いが見事に玉砕してしまった。
「俊介、おはよう」
俊介が秘書室に行くと、上司である藤宮聖代表取締役と常務、本堂一が二人で仲良くコーヒーを飲んでいた。
俊介はいつものように挨拶して自分の席へ着いた。
聖と本堂は、俊介とともに藤宮コーポレーションで働く同僚であり、上司であり、そして「悩みの種」だった。
俊介の家系は代々藤宮家に仕えている。俊介も長い間藤宮家の一人娘、聖の専属執事として働いていたのだが、彼女が本格的に会社を継ぐ勉強をすることになった時、一緒に秘書として入社させられた。
そして同時に藤宮コーポレーションの社員であり、聖の家庭教師である本堂一が聖の補佐役として選ばれた。
三人は次代の藤宮コーポレーションを牽引する存在として、今は引退した聖の父親に選ばれた。のだが────。
俊介は目の前で仲良さげに話す聖と本堂を見て切なくなった。
それもこれも、長年に渡る片思いが玉砕したせいだろう。最悪なことに、片思いの相手は長年側で見守ってきた聖で、そして玉砕した原因というのが目の前にいる本堂だった。
正確にいえば、聖に振られたわけではない。気持ちは一言も伝えていないが、聖と本堂が恋人同士になったため、セルフで玉砕しただけだ。
二人は半年後に結婚式を挙げる予定だ。
長年仕えてきた大事な聖と信頼する同僚である本堂が結婚することは大変喜ばしいと思っていた。二人の結婚は祝福できる。色々あって大変な思いをしながら壁を乗り越えてきた二人だと知っているから、誰よりも応援していた。
だが、だとしても玉砕は玉砕だ。俊介はどう足掻こうと諦めざるを得なかった。
────どうせ俺は従者だしな。
青葉家が藤宮家に仕える限りあり得ない話だ。聖も自分のことは仲のいい幼馴染ぐらいにしか思っていない。
最初は割り切って考えていた。一番そばにいられるのだから。一番近くで守れるのだから。聖の本当の気持ちを分かっているのは自分なのだから。だから両想いになれなくても満足していた。
なのに、突然現れた本堂に全てさらわれてしまった。
立ちはだかる障害はあったものの自分ができなかった「告白」をやってのけた本堂。結局なに一つできなかった自分。
恋愛らしさも味わえない寂しい恋だった。
もし次があるなら、その時はこんな後悔だけはしたくない。二人を視界の端に映しながら、俊介はそう思った。
みっともない肩書きだが、今の自分を表す一番シンプルで分かりやすい表現だ。
出勤して早々、俊介は大きな溜息をつきたくなった。
大企業、藤宮コーポレション本社勤務になって五年。
「藤宮家の執事」から「藤宮代表取締役の社長秘書」に抜擢され、なんとかここまでやってきたが、今の自分にあるのは虚しさだけだ。
というのも、先日────いや、もっと前からだ。長年の片思いが見事に玉砕してしまった。
「俊介、おはよう」
俊介が秘書室に行くと、上司である藤宮聖代表取締役と常務、本堂一が二人で仲良くコーヒーを飲んでいた。
俊介はいつものように挨拶して自分の席へ着いた。
聖と本堂は、俊介とともに藤宮コーポレーションで働く同僚であり、上司であり、そして「悩みの種」だった。
俊介の家系は代々藤宮家に仕えている。俊介も長い間藤宮家の一人娘、聖の専属執事として働いていたのだが、彼女が本格的に会社を継ぐ勉強をすることになった時、一緒に秘書として入社させられた。
そして同時に藤宮コーポレーションの社員であり、聖の家庭教師である本堂一が聖の補佐役として選ばれた。
三人は次代の藤宮コーポレーションを牽引する存在として、今は引退した聖の父親に選ばれた。のだが────。
俊介は目の前で仲良さげに話す聖と本堂を見て切なくなった。
それもこれも、長年に渡る片思いが玉砕したせいだろう。最悪なことに、片思いの相手は長年側で見守ってきた聖で、そして玉砕した原因というのが目の前にいる本堂だった。
正確にいえば、聖に振られたわけではない。気持ちは一言も伝えていないが、聖と本堂が恋人同士になったため、セルフで玉砕しただけだ。
二人は半年後に結婚式を挙げる予定だ。
長年仕えてきた大事な聖と信頼する同僚である本堂が結婚することは大変喜ばしいと思っていた。二人の結婚は祝福できる。色々あって大変な思いをしながら壁を乗り越えてきた二人だと知っているから、誰よりも応援していた。
だが、だとしても玉砕は玉砕だ。俊介はどう足掻こうと諦めざるを得なかった。
────どうせ俺は従者だしな。
青葉家が藤宮家に仕える限りあり得ない話だ。聖も自分のことは仲のいい幼馴染ぐらいにしか思っていない。
最初は割り切って考えていた。一番そばにいられるのだから。一番近くで守れるのだから。聖の本当の気持ちを分かっているのは自分なのだから。だから両想いになれなくても満足していた。
なのに、突然現れた本堂に全てさらわれてしまった。
立ちはだかる障害はあったものの自分ができなかった「告白」をやってのけた本堂。結局なに一つできなかった自分。
恋愛らしさも味わえない寂しい恋だった。
もし次があるなら、その時はこんな後悔だけはしたくない。二人を視界の端に映しながら、俊介はそう思った。
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