とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 適当なバーに入って飲んでいると、段々気分がよくなってきて酒を飲むペースが上がった。

 俊介は酒に強い方ではないし、我を忘れるほど飲んだりはしない。ただ、若干情緒不安定になると以前本堂と飲んだ時に言われた。

 ストレスが溜まっていたのだろうか、五杯ぐらい飲んだ後、店を後にした。

 ホワホワした気分で歩いていたが、どうも飲みすぎたのか、胃の奥から妙なものが込み上げてきて近くのベンチに腰掛けた。こんな街中で吐くのは流石に嫌だ。

 先ほどまでいい気分だったのに、途端に気分が悪くなってきた。

 今頃、聖と本堂はよろしくやっているのだろうか。それに比べて自分は酒を飲んで酔っ払ってこんな道端で気分が悪くなっても誰も心配してくれる人間がいない。

 三十六年も生きてきたのに、一体なにをやっていたのだろう。なんだか自分が情けなくなってきた。

「あの、大丈夫ですか」

 不意に声を掛けられて、ぼんやりした意識がなんとなく覚醒した。

 俊介は声がした方に顔を向けた。だが、目を疑った。そこにいたのが「立花さん」だったからだ。

「え……?」

「気分でも悪いんですか」

 なぜ、彼女がここにいるのだろう。彼女はいつもの格好だ。シンプルな白いロングTシャツにジーンズ。トートバッグを持っている。仕事帰りなのだろうか。

「ああ、お疲れ様です……」

「顔色が悪そうですけど……」

「ちょっと飲み過ぎてしまって……」

「水、買ってきましょうか」

 赤の他人に水を買ってきてもらうのは気が引けたが、まだ気分が悪く、動く気にはなれなかったので彼女の厚意に甘えることにした。

 俊介が頷くと、彼女は駆け足でどこかへ向かった。

 それにしても、立花はなぜ自分に声を掛けてきたのだろうか。大して仲良くもないただの顔見知りだ。酔っ払っているならなおのこと、無視をするだろう。

 彼女は数分して帰ってきた。その手にはコンビニのビニール袋を下げていた。

「気分はどうですか」

「なんとか……」

「これ、お水と二日酔いの薬です」

「どうも……」

 俊介はそれを受け取り、小さな瓶に入った甘い薬を一気飲みした。即効性はないだろうが、時間が経てば回復するはずだ。

 立花は心配そうな顔をして見ている。冷たい、もっと淡白な女性だと思っていたが、意外とこういう優しい親切な面もあるようだ。

「お仕事、帰りですか」

「歩いてたら、たまたまあなたが見えたので……」

「そうですか……急いでいたのに、すみません」

「え?」

「いつも、急いでいるので」

 俊介は焦点の合わない瞳を彼女に向けた。「立花さん」は少し驚いているようだった。

 ────なにを言ってるんだ、俺は。

 ストーカーっぽい発言だな、と自分でもおかしくなって笑った。

 実際彼女の姿なんてそれほど見ていないのに、こんな意味不明な発言をするなんて相当酔っ払っているのだろう。

「もう仕事は終わったので、別に構いません」

 彼女は笑みを浮かべるでもなく、いつものようにクールな表情のまま俊介を見下ろした。

「お酒の飲み過ぎは体によくありませんよ」

「……そうですね。肝に銘じます」

「……あなたにも、飲まないとやってられないようなことがあるんですか」

 俊介は心の中でそうだ、と答えた。彼女がそう思うということは、自分は飲まなきゃやってられないように見えるということだろうか。

 そこまで表に出してしまったのは酒のせいだろうか。それとも疲れているせいなのか。情けないやら悲しいやらでよく分からない。

「みっともないですよね。大の大人が酔っ払って……」

「別に……そういう時もあると思います。たまにぐらいなら、いいんじゃないですか」

 俊介が顔を上げると、彼女は付け足すように「人に迷惑をかけないのなら」と言った。俊介はまたすみません、と謝った。

 彼女に貰った薬のおかげか、酔いは次第に覚めてきた。気分が悪いのも先ほどよりはマシになった。

 赤の他人に薬を買ってきてもらうなんてとんでもない醜態だ。次は二度と飲みすぎないでおこうと俊介は自分を叱咤した。

「もう、大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「帰れますか」

「大丈夫です。そこまで酷くはありません。引き止めてすみませんでした」

「いえ……気をつけて帰ってくださいね。じゃあ」

 彼女の後ろ姿を見送った後、俊介も立ち上がった。

 もうふらつくこともない。これならなんとか帰れそうだ。

 ゆっくりと帰路を歩いた。家に着いた頃には最悪だった気分は少しスッキリしていた。
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