とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
次の日、綾芽は俊介より早く起きた。久しぶりの早起きはなかなか辛いものがあったが、以前はこれよりも早く起きて仕事に向かっていたのだ。
勝手にキッチンに触ることに抵抗はあったが、冷蔵庫を開けて簡単な朝食を作った。俊介が作るものには及ばないかもしれないが、不味くはないはずだ。
物音で目が覚めたのか、俊介は六時のアラームが鳴る前に起き上がってキッチンの方に来た。綾芽がそこに立っているのを見て、酷く驚いているようだった。
「綾芽さん……!? どうしたんだ!?」
「少し、早く起きたので……今日は私が朝ごはんを作ろうと思って」
そう言うと、俊介は寝起きの顔で嬉しそうに笑った。
「俺も手伝うよ。顔洗ってくる」
俊介は慌ただしく洗面所の方へ消えた。すぐに戻ってきた彼は、何を作ったらいい? と尋ねた。
「ご飯はほとんどできているのでコーヒーをお願いします」
「分かった。綾芽さんはミルクと砂糖がいるんだったな?」
「はい」
綾芽が自分からキッチンに立ったことがよほど嬉しかったのだろう。綾芽は久しぶりに俊介の笑顔を見た。
俊介がテーブルに食事を運んでセットしていくと、なんてことない朝ご飯でも綺麗に見えた。作ったのはただの目玉焼きと焼いたベーコン、コンソメスープとサラダだ。最後トースターでパンを焼き終わった綾芽は、皿の空いた部分にそれを置いた。
「まさか綾芽さんに朝ごはんを作ってもらえるなんてな。おかげで今日の仕事は捗りそうだ」
「今日はどんな仕事をするんですか?」
「十二月は決算があるから各部署と会議したり税理士と話したりとか、そんなことだな。でも毎年のことだから慣れてるよ」
「そうですか……うまくいくといいですね」
綾芽は久しぶりに俊介とまともに喋った気がした。一体いつから、自分は俊介と会話をしていなかっただろう。俊介はいつも話しかけてくれていたのに、返事を返さなかったのは自分だ。
俊介はいつもこうして自分のために朝ごはんを作ってくれていたのに、食欲が湧かなくて食べなかったことが何度もあった。
いつも早く帰ってきて、大丈夫かと声を掛けてくれていたのだ。眠る時はそばにいて、朝目が覚めると必ず近くにいた。
────このままここにいても、俊介さんの優しさを無駄にするだけ。
「俊介さん」
「なんだ?」
俊介はサラダを食べる手を止め、綾芽を見つめた。その瞳はいつもと同じように優しかった。
「私と別れてもらえませんか」
俊介の優しい表情は一瞬で凍りついた。彼は目を見開き、今しがた聞いた言葉が誠であるか確かめるように綾芽を見つめた。
綾芽は念を押すようにもう一度言った。
「私と別れて欲しいんです」
「……何を、言ってるんだ」
俊介の声は震えていた。もう一度聞かせても、まだ信じられないようだった。それもそうだろう、先ほどまでは仲良く朝ごはんの用意をして、楽しく会話していたのだから。
「しばらく……一人になりたいんです。今の状態でいても、俊介さんにご迷惑をかけるだけですから……」
「だからって……っ別れなくてもいいだろ! 一人になりたいならそれでもいい。だけど……っ」
「……今まで、俊介さんに甘え過ぎていました。いつもよくしてくれて、私にはもったいないぐらい親切でした。でも、そればかりに頼っていたら駄目なんです。一人で生きていけるようにならないと……」
「一人で生きるって、そんな状態でどうするっていうんだ……っ体調も悪いのに、無理してまた悪化したら────」
「だから……一人で立てるようにならないといけないんです。自分を守れるのは自分だけですから……」
「……俺じゃ、役不足か?」
「俊介さんは赤の他人です。恋人だけど、何もかも頼っていい相手じゃありません」
俊介の表情がどんどん青ざめていくのが分かった。綾芽は唇を噛み締めて涙を堪えた。
「誰も守ってくれないんです。一人で立てるようにならなきゃ……私は、家族すら守ってくれなかった」
────だから、別れてください。
三度目の別れの言葉だった。
俊介は何も言わず、食事を残したまま黙って席を立った。そのままベッドルームに入っていくと、しばらくしてスーツを着て出てきた。
俊介の表情はその時、悲しんでいるというより真顔だった。怒っているようにも見えた。
そしてそのまま、彼は出勤の時間よりかなり早く家を出た。
勝手にキッチンに触ることに抵抗はあったが、冷蔵庫を開けて簡単な朝食を作った。俊介が作るものには及ばないかもしれないが、不味くはないはずだ。
物音で目が覚めたのか、俊介は六時のアラームが鳴る前に起き上がってキッチンの方に来た。綾芽がそこに立っているのを見て、酷く驚いているようだった。
「綾芽さん……!? どうしたんだ!?」
「少し、早く起きたので……今日は私が朝ごはんを作ろうと思って」
そう言うと、俊介は寝起きの顔で嬉しそうに笑った。
「俺も手伝うよ。顔洗ってくる」
俊介は慌ただしく洗面所の方へ消えた。すぐに戻ってきた彼は、何を作ったらいい? と尋ねた。
「ご飯はほとんどできているのでコーヒーをお願いします」
「分かった。綾芽さんはミルクと砂糖がいるんだったな?」
「はい」
綾芽が自分からキッチンに立ったことがよほど嬉しかったのだろう。綾芽は久しぶりに俊介の笑顔を見た。
俊介がテーブルに食事を運んでセットしていくと、なんてことない朝ご飯でも綺麗に見えた。作ったのはただの目玉焼きと焼いたベーコン、コンソメスープとサラダだ。最後トースターでパンを焼き終わった綾芽は、皿の空いた部分にそれを置いた。
「まさか綾芽さんに朝ごはんを作ってもらえるなんてな。おかげで今日の仕事は捗りそうだ」
「今日はどんな仕事をするんですか?」
「十二月は決算があるから各部署と会議したり税理士と話したりとか、そんなことだな。でも毎年のことだから慣れてるよ」
「そうですか……うまくいくといいですね」
綾芽は久しぶりに俊介とまともに喋った気がした。一体いつから、自分は俊介と会話をしていなかっただろう。俊介はいつも話しかけてくれていたのに、返事を返さなかったのは自分だ。
俊介はいつもこうして自分のために朝ごはんを作ってくれていたのに、食欲が湧かなくて食べなかったことが何度もあった。
いつも早く帰ってきて、大丈夫かと声を掛けてくれていたのだ。眠る時はそばにいて、朝目が覚めると必ず近くにいた。
────このままここにいても、俊介さんの優しさを無駄にするだけ。
「俊介さん」
「なんだ?」
俊介はサラダを食べる手を止め、綾芽を見つめた。その瞳はいつもと同じように優しかった。
「私と別れてもらえませんか」
俊介の優しい表情は一瞬で凍りついた。彼は目を見開き、今しがた聞いた言葉が誠であるか確かめるように綾芽を見つめた。
綾芽は念を押すようにもう一度言った。
「私と別れて欲しいんです」
「……何を、言ってるんだ」
俊介の声は震えていた。もう一度聞かせても、まだ信じられないようだった。それもそうだろう、先ほどまでは仲良く朝ごはんの用意をして、楽しく会話していたのだから。
「しばらく……一人になりたいんです。今の状態でいても、俊介さんにご迷惑をかけるだけですから……」
「だからって……っ別れなくてもいいだろ! 一人になりたいならそれでもいい。だけど……っ」
「……今まで、俊介さんに甘え過ぎていました。いつもよくしてくれて、私にはもったいないぐらい親切でした。でも、そればかりに頼っていたら駄目なんです。一人で生きていけるようにならないと……」
「一人で生きるって、そんな状態でどうするっていうんだ……っ体調も悪いのに、無理してまた悪化したら────」
「だから……一人で立てるようにならないといけないんです。自分を守れるのは自分だけですから……」
「……俺じゃ、役不足か?」
「俊介さんは赤の他人です。恋人だけど、何もかも頼っていい相手じゃありません」
俊介の表情がどんどん青ざめていくのが分かった。綾芽は唇を噛み締めて涙を堪えた。
「誰も守ってくれないんです。一人で立てるようにならなきゃ……私は、家族すら守ってくれなかった」
────だから、別れてください。
三度目の別れの言葉だった。
俊介は何も言わず、食事を残したまま黙って席を立った。そのままベッドルームに入っていくと、しばらくしてスーツを着て出てきた。
俊介の表情はその時、悲しんでいるというより真顔だった。怒っているようにも見えた。
そしてそのまま、彼は出勤の時間よりかなり早く家を出た。