とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 俊介は仕事を終え、会社の駐車場に向かった。駐車場はエレベーターで直通だから社員達と顔は合わせない。明日はどうなるかわからないが。

 俊介は車に乗り込むなり綾芽に電話をかけた。まだ仕事中だと分かっていたが、いてもたってもいられなかった。

 だが、コール音が途切れ、電話の向こうから綾芽の声が聞こえてきた。

「綾芽さん!?」

『あの……俊介、さんですか?』

「あ、ああ。そうだ。悪い、仕事中だったろ」

『大丈夫です。今は近くに配達に出掛けているので』

「そうか……」

 今日も、もしかしたら配達の途中だったのかもしれない。綾芽はすぐに帰ってしまったが、仕事着を着ていたからそのはずだ。

 俊介は意を決して尋ねた。

「綾芽さん、仕事は何時に終わるんだ?」

『今日は五時半です。俊介さんは……?』

「俺は今終わったところだ。なら、そっちに向かってもいいか?」

『え、お店にってことですか?』

 俊介はそうだ、と答えた。今から行けば、ちょうど綾芽が仕事を終わる時間だろう。

『わ、分かりました。あの、お店の場所は分かりますか』

「花束にカード付いてただろ? あそこに行けばいいんだよな?」

 綾芽から貰った花束にはショップカードが付いていた。そこには以前綾芽が勤めていた店とは違う店名が書かれていた。そして、綾芽の電話番号も。

 おそらく綾芽はどうなってもいいように、予め連絡先を書いていたのだろう。そのおかげで助かった。

『はい。じゃあ……待っています』

 通話が切れて、俊介は思わず変な叫び声を上げてしまった。車の中なので誰も聞いていないが、誰もいない山奥だったらもっと大声で叫んでいたかもしれない。

 俊介はいまだに今日あったことが信じられなかった。自分は今日確かに綾芽と再会したのだ。会う約束までした。

 こんな他愛無いことで喜んでいるなんて小学生のようだが、こればかりは仕方ない。執事としてはベテランでも恋愛は初心者なのだから。

 俊介はエンジンをかけて、車が暖まるのを待たずに発進した。
< 120 / 131 >

この作品をシェア

pagetop