とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
俊介は今日の業務を終え、聖達と共にエントランスに降りた。
今日がノー・残業デーだからか、会社のロビーは帰宅する社員でいっぱいだ。
「俊介、これからはじめさんと三人でご飯でも食べに行かない? 美味しい居酒屋見つけたの」
「いや、今日は藤宮本家に寄る予定なんだ」
「今日はノー・残業デーよ?」
少ししかめっ面をした聖は、怒ったように腕を組んだ。
だが、彼女は怒っているわけではない。部下を思いやっているだけだ。社員達が無理をしないよう、ノー・残業デーを作ったのは聖なのだから。
「少し寄るだけだ。俺じゃないと分からなことがあってな」
「そう……早めに切り上げて帰ってね。あっちの屋敷のことはあっちの執事に任せたらいいんだから。俊介が全部背負いこんじゃ駄目よ」
「心配するな。俺も執事長を凌ぐほどの権力はないんでな」
「じゃあ、お疲れ様。また来週ね」
二人と別れて、俊介も体の向きを変えようとした時だった。コンビニの前に見たことのあるシルエットが見えて、俊介は足を止めた。
あれは「立花さん」だ。いつもと同じ白い長袖のTシャツにジーンズ姿。
だが、どうも様子がおかしい。すぐ近くにはスーツ姿の男が一人立っていた。客だろうか? いや、彼女は退勤時間だから帰ろうとしているのだろう。
────どうにも変だな。
俊介は二人に近付いた。男の方は見たことがある顔だ。別の部署だから関わることはあまりない、今年入ってきた新入社員だ。
「お願いです! 一回でいいのでデートしてもらえませんか!?」
「だから、私はお付き合いはできませんしデートもできません」
「一回でいいんです! お願いします!」
「ですから────」
「なにか問題があったのか?」
俊介が声を掛けると、二人は同時に振り向いた。
男の方はギョッとしているし、彼女の方は困ったような顔をしていた。恐らく、ナンパされていたのだろう。
俊介は男の方が哀れに思えたが、社内で騒ぎを起こされると風紀が乱れてよくない。社長秘書として、叱るべきだと判断した。
「あ、青葉さん────!」
「なにかあったのか?」
「い、いえ……」
「しつこいのは感心しない」
「……すみませんでした」
男の方が謝ったので、俊介はそれ以上追求しなかった。あまり言いすぎてもストーカー化して彼女に迷惑が掛かるかもしれない。
「急いでいるんですよね? もう大丈夫ですから行ってください」
彼女はきっとこれからまた別の仕事に行くのかもしれない。それを口実にして、彼女を帰らせることにした。
彼女はぺこっと頭を下げて、駆け足でその場を後にした。
「君ももう帰りなさい。退勤時間だ」
男はしょんぼりしながら頭を下げ、のろのろとロビーを後にした。
恐らく、彼は「立花さん」に本気だったのだろう。気持ちはわからないでもないが、やり過ぎはよくない。
入ったばかりの新入社員が男女のトラブルで辞職なんて社員達もよく思わないだろうし、モチベーションを下げてしまう元だ。
彼もそれぐらいの分別はあるだろうから、あれ以上しつこく付き纏うようなことはないだろう。
しかし、あんな公衆の面前であんなふうに迫るなんて、彼はある意味すごい勇気の持ち主だ。
俊介は先ほどのシーンを思い出してまるでドラマのようだと思った。これで彼女がイエスと答えればさらにドラマチックな展開になったのだろうが、残念なことだ。
自分もあれぐらい勇気があれば、女性に好かれるのかもしれない。
しかし、彼女はなぜ断ったのだろう。忙しいからだろうか。それとも彼が好みでなかったからだろうか。ぱっと見た感じ、格好いいとまではいかずとも真面目そうで誠実そうな青年だ。藤宮コーポレーションに勤務しているぐらいだから頭も悪くない。
ということは、彼女が他の何かを優先しているということになる。
────まぁ、あれぐらい綺麗な子なら彼氏がいても不思議じゃないな。
ロビーから徐々に人の波が引いたことに気がついて、俊介は用事を思い出して自分もロビーを出た。
今日がノー・残業デーだからか、会社のロビーは帰宅する社員でいっぱいだ。
「俊介、これからはじめさんと三人でご飯でも食べに行かない? 美味しい居酒屋見つけたの」
「いや、今日は藤宮本家に寄る予定なんだ」
「今日はノー・残業デーよ?」
少ししかめっ面をした聖は、怒ったように腕を組んだ。
だが、彼女は怒っているわけではない。部下を思いやっているだけだ。社員達が無理をしないよう、ノー・残業デーを作ったのは聖なのだから。
「少し寄るだけだ。俺じゃないと分からなことがあってな」
「そう……早めに切り上げて帰ってね。あっちの屋敷のことはあっちの執事に任せたらいいんだから。俊介が全部背負いこんじゃ駄目よ」
「心配するな。俺も執事長を凌ぐほどの権力はないんでな」
「じゃあ、お疲れ様。また来週ね」
二人と別れて、俊介も体の向きを変えようとした時だった。コンビニの前に見たことのあるシルエットが見えて、俊介は足を止めた。
あれは「立花さん」だ。いつもと同じ白い長袖のTシャツにジーンズ姿。
だが、どうも様子がおかしい。すぐ近くにはスーツ姿の男が一人立っていた。客だろうか? いや、彼女は退勤時間だから帰ろうとしているのだろう。
────どうにも変だな。
俊介は二人に近付いた。男の方は見たことがある顔だ。別の部署だから関わることはあまりない、今年入ってきた新入社員だ。
「お願いです! 一回でいいのでデートしてもらえませんか!?」
「だから、私はお付き合いはできませんしデートもできません」
「一回でいいんです! お願いします!」
「ですから────」
「なにか問題があったのか?」
俊介が声を掛けると、二人は同時に振り向いた。
男の方はギョッとしているし、彼女の方は困ったような顔をしていた。恐らく、ナンパされていたのだろう。
俊介は男の方が哀れに思えたが、社内で騒ぎを起こされると風紀が乱れてよくない。社長秘書として、叱るべきだと判断した。
「あ、青葉さん────!」
「なにかあったのか?」
「い、いえ……」
「しつこいのは感心しない」
「……すみませんでした」
男の方が謝ったので、俊介はそれ以上追求しなかった。あまり言いすぎてもストーカー化して彼女に迷惑が掛かるかもしれない。
「急いでいるんですよね? もう大丈夫ですから行ってください」
彼女はきっとこれからまた別の仕事に行くのかもしれない。それを口実にして、彼女を帰らせることにした。
彼女はぺこっと頭を下げて、駆け足でその場を後にした。
「君ももう帰りなさい。退勤時間だ」
男はしょんぼりしながら頭を下げ、のろのろとロビーを後にした。
恐らく、彼は「立花さん」に本気だったのだろう。気持ちはわからないでもないが、やり過ぎはよくない。
入ったばかりの新入社員が男女のトラブルで辞職なんて社員達もよく思わないだろうし、モチベーションを下げてしまう元だ。
彼もそれぐらいの分別はあるだろうから、あれ以上しつこく付き纏うようなことはないだろう。
しかし、あんな公衆の面前であんなふうに迫るなんて、彼はある意味すごい勇気の持ち主だ。
俊介は先ほどのシーンを思い出してまるでドラマのようだと思った。これで彼女がイエスと答えればさらにドラマチックな展開になったのだろうが、残念なことだ。
自分もあれぐらい勇気があれば、女性に好かれるのかもしれない。
しかし、彼女はなぜ断ったのだろう。忙しいからだろうか。それとも彼が好みでなかったからだろうか。ぱっと見た感じ、格好いいとまではいかずとも真面目そうで誠実そうな青年だ。藤宮コーポレーションに勤務しているぐらいだから頭も悪くない。
ということは、彼女が他の何かを優先しているということになる。
────まぁ、あれぐらい綺麗な子なら彼氏がいても不思議じゃないな。
ロビーから徐々に人の波が引いたことに気がついて、俊介は用事を思い出して自分もロビーを出た。