とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
俊介はその夜、綾芽のことが頭から離れなくて、よく眠れなかった。
もう一度謝ろうにも連絡先も知らないし、確実な原因も分からないのに口先だけで謝罪をしても意味がない。
心当たりが多すぎて、ただただ自分が情けなくなった。
「どうしたの、俊介。なんだか顔が暗いわよ? なにかあった?」
出勤するなり、聖は俊介を気遣った。さすが、長年の付き合いだ。顔には出していないつもりでいたが、ブルーな空気でも出していたのだろうか。
「いや……」
「なにか悩んでるの? 私に聞けることだったら言って」
聖に言ったところでどうしようもない。だが、聖は綾芽と歳が近いし、もしかしたら、彼女が怒っている原因が分かるかもしれない。
「聖、もし行けるなら今日の昼休憩一緒に行ってもらいたい所があるんだが」
「え、お昼? うん、いいけど……」
「悪い。本堂がいるのにな」
「はじめさんも連れてっていいなら一緒に行くけど。ほら、はじめさんの方が俊介と歳近いし、色々アドバイス出来るかもしれないじゃない。その、悩みによると思うけど」
「そうだな……じゃあ、本堂も呼んでみる」
ああ見えて、本堂は的を射たことを言うところがあるから本堂にも相談した方がいいかもしれない。
なにせ、自分のどこが間違ったか分からないのだ。他人に指摘されないと分からないこともある。今は二人に縋りたい気分だった。
昼休憩になると、俊介は聖と本堂を連れて綾芽と行った店に向かった。
この店はランチも営業している。店内はOLでいっぱいだ。
聖はともかく、俊介と本堂は男だから女だらけの店内でやや目立っていた。俊介は店員にお願いして、先日と同じテラス席に座らせてもらうことにした。
「ここ、前に来たことあるわね」
「ああ、打ち合わせで来ただろ」
聖はその時のことを覚えているようだ。本堂は来たのは初めてのようだが、特に変わった反応はせず普通にプレートランチを頼んだ。
「それで、青葉。お前がしみったれた顔してる原因はなんなんだ?」
「ちょっとはじめさん、俊介がこうして頼ってくれてるんだからそんな言い方しないで」
「いいんだよ。真面目に考えすぎて深刻になるよかポジティブに考えた方が事態も悪くならずに済む。特に青葉の場合はな」
「もう……とにかく、それでなにがあったの?」
俊介は綾芽と起きた出来事についてざっくりと二人に話した。
客観的にみて、問題がある行動をとっていれば二人は指摘してくれるだろう。
二人は特別それはまずい! というような反応はしなかった。俊介が話し終えるまで黙って頷きながら聞いていた。
「────ってことがあったんだが……」
「うーん、確かにその彼女が怒るポイントはいくつかあったと思うけど……」
「だよな……」
「俊介が良かれと思って色々やったのは分かるわ。歳下の女の子相手だもの。もてなそうとしたんでしょう?」
「そのつもりだったんだが……結局怒らせたんだ。全然意味なかった」
「はじめさんはどう思う?」
本堂はグラスに口を付けると、少し考える素振りをして見せた。
「その相手が怒りそうな原因はいくつかある。そもそも、向こうがおごるつもりで来てんのに予算の相談もなしにお前が勝手に店を決めた。まあそれに関しちゃお前も法外な店には行かねえだろうし、行きたい店を考えろって言ったのは向こうだから問題ねえとする」
「……じゃあなんだ?」
「大多数の女はおごるって言われたら『いや、いいですよ』って言いながらも喜ぶ。けど、その女は怒ったんだろ。しかも代金は全額置いて行った。所詮想像だが────」
「だが、なんだ……?」
「バイト掛け持ちしてるし、歳の割にしっかりしてる。お前に申し訳ないってい気持ちあったからわざわざお礼しようとした……いや、借りを作るのが嫌なのかもな」
「借りを作るのが嫌?」
「お前が懇切丁寧に色々やったことは間違いじゃねえんだろうが、その女にとっちゃ他人に迷惑をかけた、もしくは他人に頼ったってのが嫌だったのかもな。その女の背景事情までは知らねえが、二十一歳の女が朝から晩まで掛け持ちしてまで働いてるんだ。色々事情があるんだろ」
「……そうか。そうだな……」
「はじめさん、その女の子の気持ち分かるの?」
「分かるってわけじゃねえ。ただ、俺も藤宮に入る前はそれこそあっちこっちで働いてたからな。親も借金してたし、誰にも頼りたくねえって気持ちは分からなくもねえよ」
本堂が藤宮コーポレーションに入社した経緯は複雑だ。
親が経営する本堂商事が藤宮グループに融資を断られたことをきっかけに会社が多額の負債を負い、父親が自殺した。そして藤宮前社長に復讐するために血の滲むような努力をして藤宮コーポレーション本社に入社したのだ。
だから本堂なら、朝から晩まで働き続ける綾芽の気持ちが分かるのかもしれない。
綾芽がどうして掛け持ちまでしてバイトしているかは聞いていないが、それこそ人に言えないような事情があるのかもしれない。
以前一緒に公園で会った時も随分シンプルな昼食だった。そして、いつもの格好を見ても、特別お洒落をしていたり贅沢をしているようには見えない。俊介の知る二十一歳の女の子とはかけ離れていた。
「大概の女は男が払うって言えばラッキーだと思う。けどその女は全額置いて帰ったんだろ。しかも怒って」
「ああ……」
「金持ちには分かんねえかもな。お前が気を遣ったつもりでも、相手は馬鹿にされたと思ってるかもしれねえ。お前の言葉でムキになったのかもしれねえ。なんせ、金で苦労してるんだろうよ」
本堂は運ばれて来たランチにフォークを刺した。
俊介はテーブルに置かれたランチを見ながら、確かにその通りだと納得した。
良かれと思ってやったが、彼女にそんな事情があったのなら自分の発言や行動を不愉快に思っても仕方ない。
綾芽はしっかりしている。だが、年の割にしっかりしすぎているのだ。
聖もそうだが、本堂の言うように彼女がそうならざるを得ないようなことがあったのではないだろうか。
だから、自分が金を払うから気にするなと言ったことも、受け止められなかった────。
「俊介、誰にだって間違いはあるわ。その子もきっと、俊介のこと嫌いとは思ってないはずよ」
「食事の途中で怒って帰ったのにか?」
「……傷付いてると、人の優しさを受け取れないこともあるわ。自分が甘えてるみたいで嫌になるのよ。その子はきっと、俊介に優しくされたことで自分が至らないって思ったのかもね」
「そういうものなのか……?」
「さぁ……少なくとも私は、俊介とはじめさん意外に信頼できる人が一人もいなかったから。自分を強く見せるので最初のうちは精一杯だったわ。他人に甘えるのは自分が未熟だからだって思ってたし」
本堂も聖も、それぞれ辛い思いをして今ここに立っている。だから他人が苦しんでいる気持ちが理解できるのだろう。
だが、自分はどうだろうか? 今までなに不自由なく育って来て、真面目に仕事していれば聖の助けになれる、立派な大人になれると疑わなかった堅物だ。
彼らに比べれば、大して苦労もしていない、呑気な人間に見えることだろう。そもそも、そんな人間と一緒にいることすら彼女は不愉快だったかもしれない。
「俊介、今すごく落ち込んでいるでしょう」
「……ああ」
「俊介のしたことはお節介かもしれない。でもね、そのお節介で人の心が救われることもあるの」
「……俺がやったのはただの嫌味だ。あの子の助けになれるようなことなんてしてないだろ」
「私の場合、はじめさんがもし他の人間と同じように当たり障りのない安全牌しか選択しない人間だったら、きっと今もずっと苦しんでたと思う。父の決めた婚約者と結婚してたと思うし、今みたいに自由に暮らせてなかった。だから、お節介はね、人を救うの」
聖は本堂に向かって幸せそうに微笑んだ。
「人を助けようとか、そんな大それたこと考えなくても、俊介がそうしたいって思うなら、それはきっといつかその子を救うことになるかもしれない。だから、そんなに落ち込まないで」
「今まで……真面目にやってればうまくいくと思ってた。けど、結局それは俺が苦労してないから言えることなんだ。人のこと考えてたつもりになってただけで……」
「辛気くせえことばっか考えてんじゃねーよ。ネガティブになったってどうにもならねえだろ」
「そうだな……」
「それにしても、俊介から女の子のことで相談を受けるとは思わなかったな。俊介はその子のこと好きなの?」
「は!? い、いや……十五歳も歳下なんだぞ。さすがにそれは犯罪だろ……」
「俺らに対する嫌味だな」
「ね」
聖と本堂は顔を見合わせて揃って眉をしかめた。
「そういうのじゃない。あの子は聖より歳下なんだぞ。俺は三十六なんだ。おっさんにしか見られないだろ」
「そんなことないわよ。男は三十からっていうし、俊介はまだまだ見た目若いじゃない。二十代でも通用するわよ」
「そういう問題か?」
「年齢や好意云々はともかく、お前はその女に謝りたいんだろ」
「このままでいいとは思ってない。許してもらえなくても謝罪はすべきだと────」
「だから、それがかたっ苦しいつってんだ。いいか? そいつはただの仕事場で顔を合わせるだけの女だ。仮に嫌厭な仲だったとして、仕事に影響あるか? ねえだろ。ならなんで仲直りしたいなんて思う? 放っておけばいいだろ」
「そんなわけにいかないだろ! 俺は────」
「仲直りしたいと思うんならただの顔見知りから昇格することだな。じゃねえと、お前のはただの《《お愛想》》だ。そんなもんで誠意なんか伝わるかよ」
「────お前って適当なフリして俺より真面目だよな」
「俺は別に適当でも真面目わけでもねぇ。やるときにやってどうでもいいところで手ぇ抜いてるだけだ。とにかく、さっさと仲直りしやがれ。横でウジウジされると鬱陶しいんだよ」
「俊介、大丈夫よ。ご飯に誘われたんだもの、嫌われてるわけじゃないわ。落ち込まずに頑張って」
「……悪いな二人とも」
しかし、一体どうやって仲直りすればいいのだろうか。二人から色々アドバイスを受けたおかげで自信はついたが、あのクールな綾芽が一言謝っただけで許してくれるだろうか。
はっきりとした解決策が見つかったわけではないが、やるしかないだろう。
友達ではない。部下でもない。けれど、なんとなく放って置けないのだ。ただの顔見知りなのに、無視できなかった。
もう一度謝ろうにも連絡先も知らないし、確実な原因も分からないのに口先だけで謝罪をしても意味がない。
心当たりが多すぎて、ただただ自分が情けなくなった。
「どうしたの、俊介。なんだか顔が暗いわよ? なにかあった?」
出勤するなり、聖は俊介を気遣った。さすが、長年の付き合いだ。顔には出していないつもりでいたが、ブルーな空気でも出していたのだろうか。
「いや……」
「なにか悩んでるの? 私に聞けることだったら言って」
聖に言ったところでどうしようもない。だが、聖は綾芽と歳が近いし、もしかしたら、彼女が怒っている原因が分かるかもしれない。
「聖、もし行けるなら今日の昼休憩一緒に行ってもらいたい所があるんだが」
「え、お昼? うん、いいけど……」
「悪い。本堂がいるのにな」
「はじめさんも連れてっていいなら一緒に行くけど。ほら、はじめさんの方が俊介と歳近いし、色々アドバイス出来るかもしれないじゃない。その、悩みによると思うけど」
「そうだな……じゃあ、本堂も呼んでみる」
ああ見えて、本堂は的を射たことを言うところがあるから本堂にも相談した方がいいかもしれない。
なにせ、自分のどこが間違ったか分からないのだ。他人に指摘されないと分からないこともある。今は二人に縋りたい気分だった。
昼休憩になると、俊介は聖と本堂を連れて綾芽と行った店に向かった。
この店はランチも営業している。店内はOLでいっぱいだ。
聖はともかく、俊介と本堂は男だから女だらけの店内でやや目立っていた。俊介は店員にお願いして、先日と同じテラス席に座らせてもらうことにした。
「ここ、前に来たことあるわね」
「ああ、打ち合わせで来ただろ」
聖はその時のことを覚えているようだ。本堂は来たのは初めてのようだが、特に変わった反応はせず普通にプレートランチを頼んだ。
「それで、青葉。お前がしみったれた顔してる原因はなんなんだ?」
「ちょっとはじめさん、俊介がこうして頼ってくれてるんだからそんな言い方しないで」
「いいんだよ。真面目に考えすぎて深刻になるよかポジティブに考えた方が事態も悪くならずに済む。特に青葉の場合はな」
「もう……とにかく、それでなにがあったの?」
俊介は綾芽と起きた出来事についてざっくりと二人に話した。
客観的にみて、問題がある行動をとっていれば二人は指摘してくれるだろう。
二人は特別それはまずい! というような反応はしなかった。俊介が話し終えるまで黙って頷きながら聞いていた。
「────ってことがあったんだが……」
「うーん、確かにその彼女が怒るポイントはいくつかあったと思うけど……」
「だよな……」
「俊介が良かれと思って色々やったのは分かるわ。歳下の女の子相手だもの。もてなそうとしたんでしょう?」
「そのつもりだったんだが……結局怒らせたんだ。全然意味なかった」
「はじめさんはどう思う?」
本堂はグラスに口を付けると、少し考える素振りをして見せた。
「その相手が怒りそうな原因はいくつかある。そもそも、向こうがおごるつもりで来てんのに予算の相談もなしにお前が勝手に店を決めた。まあそれに関しちゃお前も法外な店には行かねえだろうし、行きたい店を考えろって言ったのは向こうだから問題ねえとする」
「……じゃあなんだ?」
「大多数の女はおごるって言われたら『いや、いいですよ』って言いながらも喜ぶ。けど、その女は怒ったんだろ。しかも代金は全額置いて行った。所詮想像だが────」
「だが、なんだ……?」
「バイト掛け持ちしてるし、歳の割にしっかりしてる。お前に申し訳ないってい気持ちあったからわざわざお礼しようとした……いや、借りを作るのが嫌なのかもな」
「借りを作るのが嫌?」
「お前が懇切丁寧に色々やったことは間違いじゃねえんだろうが、その女にとっちゃ他人に迷惑をかけた、もしくは他人に頼ったってのが嫌だったのかもな。その女の背景事情までは知らねえが、二十一歳の女が朝から晩まで掛け持ちしてまで働いてるんだ。色々事情があるんだろ」
「……そうか。そうだな……」
「はじめさん、その女の子の気持ち分かるの?」
「分かるってわけじゃねえ。ただ、俺も藤宮に入る前はそれこそあっちこっちで働いてたからな。親も借金してたし、誰にも頼りたくねえって気持ちは分からなくもねえよ」
本堂が藤宮コーポレーションに入社した経緯は複雑だ。
親が経営する本堂商事が藤宮グループに融資を断られたことをきっかけに会社が多額の負債を負い、父親が自殺した。そして藤宮前社長に復讐するために血の滲むような努力をして藤宮コーポレーション本社に入社したのだ。
だから本堂なら、朝から晩まで働き続ける綾芽の気持ちが分かるのかもしれない。
綾芽がどうして掛け持ちまでしてバイトしているかは聞いていないが、それこそ人に言えないような事情があるのかもしれない。
以前一緒に公園で会った時も随分シンプルな昼食だった。そして、いつもの格好を見ても、特別お洒落をしていたり贅沢をしているようには見えない。俊介の知る二十一歳の女の子とはかけ離れていた。
「大概の女は男が払うって言えばラッキーだと思う。けどその女は全額置いて帰ったんだろ。しかも怒って」
「ああ……」
「金持ちには分かんねえかもな。お前が気を遣ったつもりでも、相手は馬鹿にされたと思ってるかもしれねえ。お前の言葉でムキになったのかもしれねえ。なんせ、金で苦労してるんだろうよ」
本堂は運ばれて来たランチにフォークを刺した。
俊介はテーブルに置かれたランチを見ながら、確かにその通りだと納得した。
良かれと思ってやったが、彼女にそんな事情があったのなら自分の発言や行動を不愉快に思っても仕方ない。
綾芽はしっかりしている。だが、年の割にしっかりしすぎているのだ。
聖もそうだが、本堂の言うように彼女がそうならざるを得ないようなことがあったのではないだろうか。
だから、自分が金を払うから気にするなと言ったことも、受け止められなかった────。
「俊介、誰にだって間違いはあるわ。その子もきっと、俊介のこと嫌いとは思ってないはずよ」
「食事の途中で怒って帰ったのにか?」
「……傷付いてると、人の優しさを受け取れないこともあるわ。自分が甘えてるみたいで嫌になるのよ。その子はきっと、俊介に優しくされたことで自分が至らないって思ったのかもね」
「そういうものなのか……?」
「さぁ……少なくとも私は、俊介とはじめさん意外に信頼できる人が一人もいなかったから。自分を強く見せるので最初のうちは精一杯だったわ。他人に甘えるのは自分が未熟だからだって思ってたし」
本堂も聖も、それぞれ辛い思いをして今ここに立っている。だから他人が苦しんでいる気持ちが理解できるのだろう。
だが、自分はどうだろうか? 今までなに不自由なく育って来て、真面目に仕事していれば聖の助けになれる、立派な大人になれると疑わなかった堅物だ。
彼らに比べれば、大して苦労もしていない、呑気な人間に見えることだろう。そもそも、そんな人間と一緒にいることすら彼女は不愉快だったかもしれない。
「俊介、今すごく落ち込んでいるでしょう」
「……ああ」
「俊介のしたことはお節介かもしれない。でもね、そのお節介で人の心が救われることもあるの」
「……俺がやったのはただの嫌味だ。あの子の助けになれるようなことなんてしてないだろ」
「私の場合、はじめさんがもし他の人間と同じように当たり障りのない安全牌しか選択しない人間だったら、きっと今もずっと苦しんでたと思う。父の決めた婚約者と結婚してたと思うし、今みたいに自由に暮らせてなかった。だから、お節介はね、人を救うの」
聖は本堂に向かって幸せそうに微笑んだ。
「人を助けようとか、そんな大それたこと考えなくても、俊介がそうしたいって思うなら、それはきっといつかその子を救うことになるかもしれない。だから、そんなに落ち込まないで」
「今まで……真面目にやってればうまくいくと思ってた。けど、結局それは俺が苦労してないから言えることなんだ。人のこと考えてたつもりになってただけで……」
「辛気くせえことばっか考えてんじゃねーよ。ネガティブになったってどうにもならねえだろ」
「そうだな……」
「それにしても、俊介から女の子のことで相談を受けるとは思わなかったな。俊介はその子のこと好きなの?」
「は!? い、いや……十五歳も歳下なんだぞ。さすがにそれは犯罪だろ……」
「俺らに対する嫌味だな」
「ね」
聖と本堂は顔を見合わせて揃って眉をしかめた。
「そういうのじゃない。あの子は聖より歳下なんだぞ。俺は三十六なんだ。おっさんにしか見られないだろ」
「そんなことないわよ。男は三十からっていうし、俊介はまだまだ見た目若いじゃない。二十代でも通用するわよ」
「そういう問題か?」
「年齢や好意云々はともかく、お前はその女に謝りたいんだろ」
「このままでいいとは思ってない。許してもらえなくても謝罪はすべきだと────」
「だから、それがかたっ苦しいつってんだ。いいか? そいつはただの仕事場で顔を合わせるだけの女だ。仮に嫌厭な仲だったとして、仕事に影響あるか? ねえだろ。ならなんで仲直りしたいなんて思う? 放っておけばいいだろ」
「そんなわけにいかないだろ! 俺は────」
「仲直りしたいと思うんならただの顔見知りから昇格することだな。じゃねえと、お前のはただの《《お愛想》》だ。そんなもんで誠意なんか伝わるかよ」
「────お前って適当なフリして俺より真面目だよな」
「俺は別に適当でも真面目わけでもねぇ。やるときにやってどうでもいいところで手ぇ抜いてるだけだ。とにかく、さっさと仲直りしやがれ。横でウジウジされると鬱陶しいんだよ」
「俊介、大丈夫よ。ご飯に誘われたんだもの、嫌われてるわけじゃないわ。落ち込まずに頑張って」
「……悪いな二人とも」
しかし、一体どうやって仲直りすればいいのだろうか。二人から色々アドバイスを受けたおかげで自信はついたが、あのクールな綾芽が一言謝っただけで許してくれるだろうか。
はっきりとした解決策が見つかったわけではないが、やるしかないだろう。
友達ではない。部下でもない。けれど、なんとなく放って置けないのだ。ただの顔見知りなのに、無視できなかった。