とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
その夜、青葉から昼間の謝罪のメッセージが届いた。
青葉らしい真面目な文面をみて綾芽は一瞬安心したものの、心のどこかにあの女性のことが引っ掛かったままだった。
持って帰った弁当箱を見て、なんだかまた暗い気持ちになった。
まさか上司が女性だとは思わなかった。居酒屋やB級グルメが好きと聞いていたから、てっきり男性なのだとばかり思っていた。
だが、やって来た女性は男らしいとはかけ離れた綺麗な女性だ。歳は若いが、いかにもバリキャリ風で仕事が出来そうに見えた。
青葉と彼女の口調から、二人がかなり親しいことが分かる。直属の上司なのだろう。ということは、いつも彼女と行動しているに違いない。
「……なんでこんなに落ち込んでるんだろう」
ようやく仕事が終わってヘトヘトなのに、ちっとも眠れる気がしない。
頭の中はあの女性のことが気になって、心地よい睡眠を妨げていた。
こんなふうに思うのは間違いだ。青葉はただ自分に同情して優しくしてくれているだけなのだ。弁当を作っていることやランチすることも、その一環に過ぎない。大体、青葉とは歳がかなり離れている。父親とまではいかないが、彼はきっと妹のように思っているだろう、だからあんなに世話を焼いてくれているのだ。
綾芽は自分の気持ちの整理がつかなくてもやついた。
確かに自分は青葉に対し好意に近い感情を抱いていた。だがそれはあくまでも友人としてだ。異性としてではない。信頼のおける歳上だからつい頼っているだけだ。
無理やりベッドに潜り、瞳の裏に真っ暗闇を映した、だが、相変わらずまぶたの裏には昼間の光景が消えなくて、綾芽は眠るまでしばしの時を要した。
翌日結局あまり眠れないまま綾芽は仕事に向かった。
なんだかぼやんとしているのは寝不足のせいだ。疲れて気がついたら眠っていたが、朝の寝覚は悪かった。
青葉から借りたままの弁当箱は次の木曜でいいと言われたので持ってこなかったが、次の木曜までの時間がやたら長く感じる。
今日は青葉との即時の日ではないから昼休憩はバックヤードで摂った。簡単なおにぎりと麦茶だけだ。なんだか味気なく感じるのは自分が作ったおにぎりだからなのか、それとも昨日の出来事のせいなのか。暗いバックヤードにいると気分まで下がって来そうだったので、綾芽は早々に休憩を切り上げた。
綾芽が仕事に戻る頃には、すっかり人の波は引いていた。
藤宮コーポレーションの社員達は休憩を終えて仕事に戻ったのだろう。これから午後三時ごろまではゆったりとした時間が続くはずだ。
だが、綾芽が店で新しい広告のポップをつけていると、入店のBGMが鳴った。
入り口の方を確認するように見ると、そこには青葉と先日の女性がいた。
────え? なんで青葉さんとあの人が……?
青葉と女性は先日と同じように親しげな様子で店の中を見て回っている。お菓子コーナーに入ると、女性が商品を指差して青葉となにか喋っていた。やがてそのうちの一つを持ってレジへやって来た。綾芽は慌ててレジヘ向かったものの、少々混乱していた。
「い……いらっしゃいませ」
綾芽はいつものように接客した。だが、青葉は彼女になにか怒っているようだ。いや、起こっているが、本気ではない。女性の方もはいはい、というように青葉をいなしていた。
「聖、俺が買いに行くって言っただろ」
「いいじゃない。座りっぱなしは体によくないもの。それに、新商品はチェックしないとね」
「ただのこじつけだろ」
二人の様子は先日と同じだが、休憩時間だからか、とても親しそうに見えた。女性がレジに置いたのは袋入りの煎餅だ。百円少しで買える定番化された商品だ。
以前青葉が言っていた。上司は煎餅が好きなのだと。やはり、彼女のことで間違いないようだ。
二人は小競り合いを終わらせ、青葉はやっと綾芽に話しかけた。
「ごちゃごちゃ騒いで悪かったね。彼女が俺の上司の聖だ」
「こんにちは、あなたのことはいつも俊介からよく聞いてるわ」
女性はニコッと笑った。綾芽もつられてほんの少しだけ口角を上げて会釈したが、心のうちは昨日から溜まっていたモヤが広がっていくばかりだった。
────名前で呼ぶような仲なんだ。
そういえば、昨日幼馴染のようなものだと言っていた。ずっと前からの付き合いなのだと。それなら名前で呼ぶのも当然かもしれない。
綾芽は二人を見ながら、自分が昨日よりもショックを受けていることに気が付いた。
青葉はただの親切な知り合いだ。友人と呼ぶには歳が上すぎる。妹のように思われている自分には、彼女のように対等に接せられる人間が羨ましかった。
知らず知らずの間に青葉に好意を抱いていたのだろうか。だからこんなにも辛いのだろうか。
もしかしたら、青葉と彼女はすでに付き合っているのかもしれない。そういう女性がいるとは聞いていないが、青葉は見た目も格好良くて性格もいい。年齢的にも、スペック的にも彼女がいてもおかしくない。
────馬鹿みたい。私なに期待してたんだろう。私じゃ不釣り合いに決まってるのにね。
「立花さん?」
「え?」
「昨日はごめん。また来週埋め合わせするよ。今度は俺がご飯当番だな」
「あ────いえ、無理しないでください。私は別に一人で構いませんから」
嫌な言い方をしてしまった。自分の言葉がどんどん刺々しく、つっけんどんになっていくのを感じながら、綾芽は広がっていく嫉妬心を抑えきれずにいた。
二人は仲良くコンビニを出て行った。二人で食事に行ったのだろうか。その帰りにここに寄ったのだろうか。
姿は見えなくなったのに、綾芽は二人のことばかり考えていた。
青葉らしい真面目な文面をみて綾芽は一瞬安心したものの、心のどこかにあの女性のことが引っ掛かったままだった。
持って帰った弁当箱を見て、なんだかまた暗い気持ちになった。
まさか上司が女性だとは思わなかった。居酒屋やB級グルメが好きと聞いていたから、てっきり男性なのだとばかり思っていた。
だが、やって来た女性は男らしいとはかけ離れた綺麗な女性だ。歳は若いが、いかにもバリキャリ風で仕事が出来そうに見えた。
青葉と彼女の口調から、二人がかなり親しいことが分かる。直属の上司なのだろう。ということは、いつも彼女と行動しているに違いない。
「……なんでこんなに落ち込んでるんだろう」
ようやく仕事が終わってヘトヘトなのに、ちっとも眠れる気がしない。
頭の中はあの女性のことが気になって、心地よい睡眠を妨げていた。
こんなふうに思うのは間違いだ。青葉はただ自分に同情して優しくしてくれているだけなのだ。弁当を作っていることやランチすることも、その一環に過ぎない。大体、青葉とは歳がかなり離れている。父親とまではいかないが、彼はきっと妹のように思っているだろう、だからあんなに世話を焼いてくれているのだ。
綾芽は自分の気持ちの整理がつかなくてもやついた。
確かに自分は青葉に対し好意に近い感情を抱いていた。だがそれはあくまでも友人としてだ。異性としてではない。信頼のおける歳上だからつい頼っているだけだ。
無理やりベッドに潜り、瞳の裏に真っ暗闇を映した、だが、相変わらずまぶたの裏には昼間の光景が消えなくて、綾芽は眠るまでしばしの時を要した。
翌日結局あまり眠れないまま綾芽は仕事に向かった。
なんだかぼやんとしているのは寝不足のせいだ。疲れて気がついたら眠っていたが、朝の寝覚は悪かった。
青葉から借りたままの弁当箱は次の木曜でいいと言われたので持ってこなかったが、次の木曜までの時間がやたら長く感じる。
今日は青葉との即時の日ではないから昼休憩はバックヤードで摂った。簡単なおにぎりと麦茶だけだ。なんだか味気なく感じるのは自分が作ったおにぎりだからなのか、それとも昨日の出来事のせいなのか。暗いバックヤードにいると気分まで下がって来そうだったので、綾芽は早々に休憩を切り上げた。
綾芽が仕事に戻る頃には、すっかり人の波は引いていた。
藤宮コーポレーションの社員達は休憩を終えて仕事に戻ったのだろう。これから午後三時ごろまではゆったりとした時間が続くはずだ。
だが、綾芽が店で新しい広告のポップをつけていると、入店のBGMが鳴った。
入り口の方を確認するように見ると、そこには青葉と先日の女性がいた。
────え? なんで青葉さんとあの人が……?
青葉と女性は先日と同じように親しげな様子で店の中を見て回っている。お菓子コーナーに入ると、女性が商品を指差して青葉となにか喋っていた。やがてそのうちの一つを持ってレジへやって来た。綾芽は慌ててレジヘ向かったものの、少々混乱していた。
「い……いらっしゃいませ」
綾芽はいつものように接客した。だが、青葉は彼女になにか怒っているようだ。いや、起こっているが、本気ではない。女性の方もはいはい、というように青葉をいなしていた。
「聖、俺が買いに行くって言っただろ」
「いいじゃない。座りっぱなしは体によくないもの。それに、新商品はチェックしないとね」
「ただのこじつけだろ」
二人の様子は先日と同じだが、休憩時間だからか、とても親しそうに見えた。女性がレジに置いたのは袋入りの煎餅だ。百円少しで買える定番化された商品だ。
以前青葉が言っていた。上司は煎餅が好きなのだと。やはり、彼女のことで間違いないようだ。
二人は小競り合いを終わらせ、青葉はやっと綾芽に話しかけた。
「ごちゃごちゃ騒いで悪かったね。彼女が俺の上司の聖だ」
「こんにちは、あなたのことはいつも俊介からよく聞いてるわ」
女性はニコッと笑った。綾芽もつられてほんの少しだけ口角を上げて会釈したが、心のうちは昨日から溜まっていたモヤが広がっていくばかりだった。
────名前で呼ぶような仲なんだ。
そういえば、昨日幼馴染のようなものだと言っていた。ずっと前からの付き合いなのだと。それなら名前で呼ぶのも当然かもしれない。
綾芽は二人を見ながら、自分が昨日よりもショックを受けていることに気が付いた。
青葉はただの親切な知り合いだ。友人と呼ぶには歳が上すぎる。妹のように思われている自分には、彼女のように対等に接せられる人間が羨ましかった。
知らず知らずの間に青葉に好意を抱いていたのだろうか。だからこんなにも辛いのだろうか。
もしかしたら、青葉と彼女はすでに付き合っているのかもしれない。そういう女性がいるとは聞いていないが、青葉は見た目も格好良くて性格もいい。年齢的にも、スペック的にも彼女がいてもおかしくない。
────馬鹿みたい。私なに期待してたんだろう。私じゃ不釣り合いに決まってるのにね。
「立花さん?」
「え?」
「昨日はごめん。また来週埋め合わせするよ。今度は俺がご飯当番だな」
「あ────いえ、無理しないでください。私は別に一人で構いませんから」
嫌な言い方をしてしまった。自分の言葉がどんどん刺々しく、つっけんどんになっていくのを感じながら、綾芽は広がっていく嫉妬心を抑えきれずにいた。
二人は仲良くコンビニを出て行った。二人で食事に行ったのだろうか。その帰りにここに寄ったのだろうか。
姿は見えなくなったのに、綾芽は二人のことばかり考えていた。