とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第10話 手の届かない王子様
 青葉から誘いを受けた日、綾芽はまるで王子様からダンスに誘われたお姫様のように心が浮き立った。

 会社のイベントでもなんでもいい。青葉が自分を誘ってくれた、ということが重要だった。
 
 青葉なら他に招待できそうな女性なんていくらでもいるだろうに、自分を選んでくれたのだ。それはとても幸運なことだった。

 しかし、綾芽はふと現実に帰った。

 誘われたのは嬉しいことだが、自分は余所に行くような綺麗な服を一着も持っていない。

 思えば、青葉の前ではいつも同じ服装だ。こんなおしゃれさのかけらもない格好でよく好きな男と食事できたものだ。

 最低限清潔にしているつもりだが、化粧もしていない、ネイルも、香水もつけていないし、ワンピースやヒールのある靴も一足も持っていなかった。そんな自分がデートになんて行けるわけがない。

 青葉とのランチを終えて仕事に戻った綾芽は、ふと雑誌コーナーに置かれているファッション雑誌を手に取った。表紙には綺麗なモデルがポーズをとっている。口紅は最近の流行なのか鮮やかなほど真っ赤で、けれど野暮ったくない。

 ────そういえばこんな雑誌、読んだこと一回もない。

 高校を中退してから、おしゃれに気を使う暇なんてなかった。服を買うお金があるなら食費や生活費に使ったし、一刻も早く借金を返したくて不必要なものは極力買わなかった。

 だから最近流行の服も化粧も分からない。学校に通っていた頃は友人とそんな話をしたかもしれないが、今はもう縁遠い。

 だが、こんな状態では青葉をガッカリさせてしまうだろう。おしゃれを期待しているわけではないかもしれないが、だからと言ってせっかく誘ってくれたのに手抜きの格好で行くのは失礼だ。

 仕事帰りにあの雑誌を買おう────。それと店にも行って、当日の服を探さないと。
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