とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
木曜、俊介は時計が十二時を指したのにデスクに座ったままだった。
木曜の昼は毎週のように出かけていた俊介がちん、とデスクに座っているのが気になったのか、隣の席の本堂が促した。
「おい、時間だぞ」
早く行けよ、と急かすような言い方をされたが、俊介はああ、と返事しただけだ。手元のパソコンの画面を見つめたまま、俊介は右下に表示されている時計が十二時を回って五分過ぎたことを確認した。
「今日はランチはないんだ」
「は? 毎週行ってたたじゃねえか」
「しばらく忙しいそうだ」
「まぁ、そう言うこともあるわな……」
俊介だって残念に思っていたが、仕事は大事だ。綾芽にとっては大事な収入源だ。ランチと天秤にかけたら、仕事の方が大事に決まっている。
「はじめさん、外にご飯食べに行かない?」
隣の社長室から聖が入って来た。だが、彼女も俊介を見て、え? と首を傾げた。
「どうしたの俊介。早く行かないと彼女待ってるんじゃない?」
「……向こうの仕事が忙しいからランチはなしなんだ」
そうなの、と聖も残念そうに言った。もう頼むから聞くな、と俊介はたん、とキーボードを叩いた。
「それなら俊介、一緒に食べに行かない? それともコンビニで買ってくる?」
一瞬迷ったが、俊介は行く、と答えて立ち上がった。綾芽の顔は見たいが、仕事で忙しくしている頃だ。きっと話もできないだろう。
聖が連れて行ったのは珍しく定食屋ではなかった。会社の近くに新しくオープンしたカフェだ。
雰囲気はナチュラルな感じで、店内にはまるで森のように観葉植物が配置されている。温かみのある木の床とテーブル。壁は真っ白な漆喰。どうやら自然の素材を使うことにこだわっているようだ。
客の入りは上々だ。オープンしたてだからかもしれないが、店のコンセプトがしっかりしているからだろう。メニューは完全に女性向けというわけではなさそうで、ボリュームのあるランチも楽しめるし、女性が好きそうな彩のいいプレートなども用意されていた。
「聖がこういうところに来るなんて珍しいな」
「違うわよ、綾芽ちゃんが好きそうだから」
「え?」
「お花が好きって言ってたわよね? それならこういうのは落ち着くかなと思ったの」
俊介は改めて店内を見回した。確かに、ここならば綾芽も敷居の高さを感じずに楽しめそうだ。花はないが、綾芽は好きかもしれない。
「悪いな、そこまで考えてくれてたのか」
「そりゃあもう。俊介の恋を応援してるから」
「この間のデートの反応は良かったんだろ。見込みあるんじゃねえのか」
「そうなんだが……」
俊介は言葉を濁らせた。
綾芽に断られてからというものの、メッセージは数度送ったがどうも素っ気なく感じてしまう。冷たいと感じるのは、自分の気持ちが先行しすぎているからなのか、それともただ綾芽が忙しくて文章を考える暇がなかったからなのか。
先日の一件でかなり近づけたと思っているのは自分だけで、綾芽はそれほど距離をつめたとは感じていないかもしれない。
「また俺が先行しすぎて迷惑に思われてるんじゃないかと思ってな……」
「もう、マイナス思考ね。俊介の独りよがりだったらわざわざ可愛い格好してこないわよ。もっと自信持って」
「この間からずっと暴走してるな、俺」
「大丈夫。はじめさんなんて勘違いで辞表まで出したんだから。俊介のなんて軽いものよ」
「俺のネタを掘り返すな……」
「好きだから、気になるのよね。でも人間だから人の気持ちはコントロールできない。だから大事なことがあるのよ」
「大事なこと?」
「その人を信じてあげること」
大事でしょう? と、聖は笑った。
確かにそうだ。疑っていたらキリがない。結果がどうであれ、もう起きてしまったことだ。
自分は綾芽だから信じたのだ。不安なことには変わりないが、それでも今はあの時綾芽が見せてくれた笑顔を信じたかった。
木曜の昼は毎週のように出かけていた俊介がちん、とデスクに座っているのが気になったのか、隣の席の本堂が促した。
「おい、時間だぞ」
早く行けよ、と急かすような言い方をされたが、俊介はああ、と返事しただけだ。手元のパソコンの画面を見つめたまま、俊介は右下に表示されている時計が十二時を回って五分過ぎたことを確認した。
「今日はランチはないんだ」
「は? 毎週行ってたたじゃねえか」
「しばらく忙しいそうだ」
「まぁ、そう言うこともあるわな……」
俊介だって残念に思っていたが、仕事は大事だ。綾芽にとっては大事な収入源だ。ランチと天秤にかけたら、仕事の方が大事に決まっている。
「はじめさん、外にご飯食べに行かない?」
隣の社長室から聖が入って来た。だが、彼女も俊介を見て、え? と首を傾げた。
「どうしたの俊介。早く行かないと彼女待ってるんじゃない?」
「……向こうの仕事が忙しいからランチはなしなんだ」
そうなの、と聖も残念そうに言った。もう頼むから聞くな、と俊介はたん、とキーボードを叩いた。
「それなら俊介、一緒に食べに行かない? それともコンビニで買ってくる?」
一瞬迷ったが、俊介は行く、と答えて立ち上がった。綾芽の顔は見たいが、仕事で忙しくしている頃だ。きっと話もできないだろう。
聖が連れて行ったのは珍しく定食屋ではなかった。会社の近くに新しくオープンしたカフェだ。
雰囲気はナチュラルな感じで、店内にはまるで森のように観葉植物が配置されている。温かみのある木の床とテーブル。壁は真っ白な漆喰。どうやら自然の素材を使うことにこだわっているようだ。
客の入りは上々だ。オープンしたてだからかもしれないが、店のコンセプトがしっかりしているからだろう。メニューは完全に女性向けというわけではなさそうで、ボリュームのあるランチも楽しめるし、女性が好きそうな彩のいいプレートなども用意されていた。
「聖がこういうところに来るなんて珍しいな」
「違うわよ、綾芽ちゃんが好きそうだから」
「え?」
「お花が好きって言ってたわよね? それならこういうのは落ち着くかなと思ったの」
俊介は改めて店内を見回した。確かに、ここならば綾芽も敷居の高さを感じずに楽しめそうだ。花はないが、綾芽は好きかもしれない。
「悪いな、そこまで考えてくれてたのか」
「そりゃあもう。俊介の恋を応援してるから」
「この間のデートの反応は良かったんだろ。見込みあるんじゃねえのか」
「そうなんだが……」
俊介は言葉を濁らせた。
綾芽に断られてからというものの、メッセージは数度送ったがどうも素っ気なく感じてしまう。冷たいと感じるのは、自分の気持ちが先行しすぎているからなのか、それともただ綾芽が忙しくて文章を考える暇がなかったからなのか。
先日の一件でかなり近づけたと思っているのは自分だけで、綾芽はそれほど距離をつめたとは感じていないかもしれない。
「また俺が先行しすぎて迷惑に思われてるんじゃないかと思ってな……」
「もう、マイナス思考ね。俊介の独りよがりだったらわざわざ可愛い格好してこないわよ。もっと自信持って」
「この間からずっと暴走してるな、俺」
「大丈夫。はじめさんなんて勘違いで辞表まで出したんだから。俊介のなんて軽いものよ」
「俺のネタを掘り返すな……」
「好きだから、気になるのよね。でも人間だから人の気持ちはコントロールできない。だから大事なことがあるのよ」
「大事なこと?」
「その人を信じてあげること」
大事でしょう? と、聖は笑った。
確かにそうだ。疑っていたらキリがない。結果がどうであれ、もう起きてしまったことだ。
自分は綾芽だから信じたのだ。不安なことには変わりないが、それでも今はあの時綾芽が見せてくれた笑顔を信じたかった。