とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第13話 君の心が変わるのならば
時刻はもう午後七時だが、俊介は会社に戻って来た。
執務室のドアを開けると、残業していた本堂が顔を上げた。
「青葉? お前帰ったんじゃなかったのか」
「俺も仕事する。残ってるやつ寄越してくれ」
「は?」
俊介は意気揚々とデスクに着いた。本堂は隣でぽかんとした顔をしている。
「お前、残業しにわざわざ戻って来たのか」
「今だったら何時間でも残業できる気がする」
「……お前まさか、あいつに告ったのか?」
「そうじゃないが……まあ、な」
「まぁなじゃねーよ。いきなり帰って来たと思ったら……。ってことは、仲直りしたってことでいいのか?」
「そういうことになるな」
「ニヤニヤしやがって……ったく、どうしようもねえ奴だな」
本堂は呆れていたが、俊介もこのニヤニヤは治められなかったので仕方ない。気持ち的には叫びたい気分だが、さすがのそこまではできないので仕事にぶつけることにした。
「聖は?」
「ああ……聖は出掛けてる。もう帰ってくるんじゃねえか」
「そうか。あいつにもお礼言っておかないとな」
「あいつ心配してたぞ。お前が意気消沈してるから家でもそのことばっかり言ってたんだ。早く報告して安心させてやれよ」
「悪かったな。心配かけて」
「俺は心配してねえよ」
そんなことはない。本堂だって心配してわざわざ飲みに行こうと誘ってくれたのだから。だが、彼の性格では慰めたとは思っていないかもしれない。
三十分ほどして、聖が戻って来た。彼女も帰宅したはずの俊介がいて驚いていたが、謝罪がうまくいったことを説明すると手放しで喜んでくれた。
「俊介がそんなに喜んでるところ、初めて見たわ」
聖は置いてあるコーヒーメーカーで三人分のコーヒーを淹れてくれた。俊介は淹れたてのそれに口をつけた。熱くて舌を火傷した。慌てているのだ。いや、気が急いでいるのかもしれない。
まだ完全に両思いになったわけではないが、十分それを期待できる答えをもらった。好きと言われたわけではないが、なんとも思っていないのならあんな顔はしないはずだ。
「よかったわね、俊介」
聖はさっきから嬉しそうにニコニコしている。片思いしていたはずの聖にそんなことを言われてもなんとも思わないのは、やはりそういうことなのだろう。
「別にまだ付き合ってるわけじゃないんだ」
「告白はしなかったの?」
「俺は謝りに行ったんだ。そんなに急いでやったって向こうに信用してもらえるかわからないだろ」
「オッケーもらえそうな雰囲気なのにね」
「告白は……ちゃんとするが、もうちょっと場所とかいろいろ考えないといけないだろ。小中学生じゃないんだ。彼女に喜んでもらえるような────」
「お前な、プロポーズするんじゃねえんだ。そんなにかしこまってどうすんだ。むしろ相手が驚くだろ」
「それは、そうだが……」
「まぁまぁいいじゃない。俊介が真面目な方が彼女も安心すると思うし」
「心配しなくても最初から大袈裟なことなんてしない。俺は本堂みたいに総会で派手にアピールなんてしないしな」
「……また昔のネタを引っ張り出して来やがって」
休憩し終わったところでそろそろ帰ろうということになって、荷物をまとめた。
時刻はもう夜の八時だが、綾芽はまだ仕事をしている時間だろう。無理をしないようにと一言メッセージを送った。
綾芽から返事が返ってくるのはきっともっと後かもしれない。だが、先日のような不安は感じなかった。
三十六にもなってこんなことで一喜一憂しているなんておかしな気もするが、綾芽と出会った時からこうだ。聖が言うように、自分が変わったのだとしたらそれは綾芽と出会ったからだ。
くそ真面目で面白みに欠けた自分にこんな些細な喜びをくれたのは綾芽なのだ。
執務室のドアを開けると、残業していた本堂が顔を上げた。
「青葉? お前帰ったんじゃなかったのか」
「俺も仕事する。残ってるやつ寄越してくれ」
「は?」
俊介は意気揚々とデスクに着いた。本堂は隣でぽかんとした顔をしている。
「お前、残業しにわざわざ戻って来たのか」
「今だったら何時間でも残業できる気がする」
「……お前まさか、あいつに告ったのか?」
「そうじゃないが……まあ、な」
「まぁなじゃねーよ。いきなり帰って来たと思ったら……。ってことは、仲直りしたってことでいいのか?」
「そういうことになるな」
「ニヤニヤしやがって……ったく、どうしようもねえ奴だな」
本堂は呆れていたが、俊介もこのニヤニヤは治められなかったので仕方ない。気持ち的には叫びたい気分だが、さすがのそこまではできないので仕事にぶつけることにした。
「聖は?」
「ああ……聖は出掛けてる。もう帰ってくるんじゃねえか」
「そうか。あいつにもお礼言っておかないとな」
「あいつ心配してたぞ。お前が意気消沈してるから家でもそのことばっかり言ってたんだ。早く報告して安心させてやれよ」
「悪かったな。心配かけて」
「俺は心配してねえよ」
そんなことはない。本堂だって心配してわざわざ飲みに行こうと誘ってくれたのだから。だが、彼の性格では慰めたとは思っていないかもしれない。
三十分ほどして、聖が戻って来た。彼女も帰宅したはずの俊介がいて驚いていたが、謝罪がうまくいったことを説明すると手放しで喜んでくれた。
「俊介がそんなに喜んでるところ、初めて見たわ」
聖は置いてあるコーヒーメーカーで三人分のコーヒーを淹れてくれた。俊介は淹れたてのそれに口をつけた。熱くて舌を火傷した。慌てているのだ。いや、気が急いでいるのかもしれない。
まだ完全に両思いになったわけではないが、十分それを期待できる答えをもらった。好きと言われたわけではないが、なんとも思っていないのならあんな顔はしないはずだ。
「よかったわね、俊介」
聖はさっきから嬉しそうにニコニコしている。片思いしていたはずの聖にそんなことを言われてもなんとも思わないのは、やはりそういうことなのだろう。
「別にまだ付き合ってるわけじゃないんだ」
「告白はしなかったの?」
「俺は謝りに行ったんだ。そんなに急いでやったって向こうに信用してもらえるかわからないだろ」
「オッケーもらえそうな雰囲気なのにね」
「告白は……ちゃんとするが、もうちょっと場所とかいろいろ考えないといけないだろ。小中学生じゃないんだ。彼女に喜んでもらえるような────」
「お前な、プロポーズするんじゃねえんだ。そんなにかしこまってどうすんだ。むしろ相手が驚くだろ」
「それは、そうだが……」
「まぁまぁいいじゃない。俊介が真面目な方が彼女も安心すると思うし」
「心配しなくても最初から大袈裟なことなんてしない。俺は本堂みたいに総会で派手にアピールなんてしないしな」
「……また昔のネタを引っ張り出して来やがって」
休憩し終わったところでそろそろ帰ろうということになって、荷物をまとめた。
時刻はもう夜の八時だが、綾芽はまだ仕事をしている時間だろう。無理をしないようにと一言メッセージを送った。
綾芽から返事が返ってくるのはきっともっと後かもしれない。だが、先日のような不安は感じなかった。
三十六にもなってこんなことで一喜一憂しているなんておかしな気もするが、綾芽と出会った時からこうだ。聖が言うように、自分が変わったのだとしたらそれは綾芽と出会ったからだ。
くそ真面目で面白みに欠けた自分にこんな些細な喜びをくれたのは綾芽なのだ。