とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
「立花さん昨日休んでたんですね。どっか行ってたんですか?」
出勤すると、萩原は開口一番にそう尋ねた。だが、彼がこの質問をするのも当然だった。綾芽は平日は毎日勤務している。休むことはほぼない。だから萩原が疑問に思うのも当然だった。
「ちょっと用事があったの」
さすがにデートで休みましたなんて言うわけがない。萩原はおしゃべりだから、行ったが最後あれやこれやと聞いてくるだろう。
「あ、もしかしてデートですか?」
「そんなわけないじゃない」
綾芽は少しムキになった。怒っているわけではないが、はぐらかそうとすると変に感情を出しすぎてかえって怪しくなってしまう。案の定、萩原は不審に思ったようだ。
「だって、しょっちゅうナンパされてるじゃないですか。俺が女なら藤宮コーポレーションの男に告られたら迷わず付き合いますよ」
「誰もこの会社の人だなんて言ってないよ」
「じゃあやっぱり、彼氏ができたんですか?」
萩原はまるでニシシ、とでも効果音がつきそうな悪い笑みを浮かべた。誘導尋問でもしてるつもりなのだろうか。うっかり引っ掛かってしまった。
青葉と恋人同士になれたらどんなにいいか分からないが、そんなにものごとはうまいこと進まない。なにせ今まで人と付き合ったことがないのだ。どうすれば意中の人を落とせるかなんて分からなかった。
綾芽は萩原を無視して商品の陳列を始めた。萩原のどうでもいい雑談に付き合っている暇はないのだ。倉庫から荷物を取ってこようと店の外に出ると、ロビーの受付に見たことのあるシルエットが見えた。
綾芽は思わずぱあっと気持ちが明るくなった。
青葉は出先から帰って来たのだろうか。それともこれから行くのだろうか。鞄を持って受付に立っていた。
こちらに気づいてくれるだろうかとなんとなくその様子を見た。だが、青葉は受付の女性と楽しそうに喋っていてなかなかこちらを向うとしない。
藤宮コーポレーションの受付嬢は五人いるが、どの女性も非常に綺麗だ。受付嬢をするぐらいだから容姿が綺麗な女性を選んでいるのだろうが、この会社に入社するということはそれだけではないはずだ。
綾芽は劣等感に似たものを抱いた。胸を焼けつくような感情がふつふつと湧いて、なんだかとても虚しくなった。あの受付嬢に告白されたら、青葉は付き合うだろうか。おそらく、この会社にいる男なら誰でも付き合いたいと思うはずだ。
この間まであった自信はどこへ行ったのだろう。そんなものは簡単に吹き飛んでしまった。
────私とあの人じゃ、勝負にもならないよね。
「立花さん? なにやってるんですか?」
突然声を掛けられて、綾芽は慌てて涙を引っ込めた。萩原が訝しげな顔をしてそこに立っていた。いつまでたっても在庫を持ってこないから不思議に思ったのだろう。綾芽はまだちょっとも店から離れていなかった。
「ごめん、ちょっとぼうっとしてただけ」
「なんか顔色悪いですよ。バックヤードで休んだらどうですか?」
「ううん……平気……」
綾芽は再び倉庫へ足を進めた。だが、またしても声に呼び止められた。今度は萩原ではなかった。振り返ると青葉がいた。
「どうしたのか」
青葉が突然話しかけてきて混乱しているのは綾芽だけではなかった。萩原もだ。
青葉はずいっと綾芽に近付いた。綾芽は驚いて一歩後ずさった。
「……なんでもありません。これから倉庫に行くところなんです」
「────そうか。仕事、頑張ってくれ」
青葉はなんだか不機嫌そうにそこを後にした。残された綾芽は突然のことに驚いてポカンと青葉の後ろ姿を眺めた。
「……あの人って、たまに店に来る人ですよね? 立花さん仲いいんですか?」
「ふ、普通におしゃべりする程度だよ」
一体どうしたのだろうか。妙に雰囲気がおかしかった。悩んでいたことは一瞬で吹き飛んだが、今度は別のことが頭を占拠し始めた。
出勤すると、萩原は開口一番にそう尋ねた。だが、彼がこの質問をするのも当然だった。綾芽は平日は毎日勤務している。休むことはほぼない。だから萩原が疑問に思うのも当然だった。
「ちょっと用事があったの」
さすがにデートで休みましたなんて言うわけがない。萩原はおしゃべりだから、行ったが最後あれやこれやと聞いてくるだろう。
「あ、もしかしてデートですか?」
「そんなわけないじゃない」
綾芽は少しムキになった。怒っているわけではないが、はぐらかそうとすると変に感情を出しすぎてかえって怪しくなってしまう。案の定、萩原は不審に思ったようだ。
「だって、しょっちゅうナンパされてるじゃないですか。俺が女なら藤宮コーポレーションの男に告られたら迷わず付き合いますよ」
「誰もこの会社の人だなんて言ってないよ」
「じゃあやっぱり、彼氏ができたんですか?」
萩原はまるでニシシ、とでも効果音がつきそうな悪い笑みを浮かべた。誘導尋問でもしてるつもりなのだろうか。うっかり引っ掛かってしまった。
青葉と恋人同士になれたらどんなにいいか分からないが、そんなにものごとはうまいこと進まない。なにせ今まで人と付き合ったことがないのだ。どうすれば意中の人を落とせるかなんて分からなかった。
綾芽は萩原を無視して商品の陳列を始めた。萩原のどうでもいい雑談に付き合っている暇はないのだ。倉庫から荷物を取ってこようと店の外に出ると、ロビーの受付に見たことのあるシルエットが見えた。
綾芽は思わずぱあっと気持ちが明るくなった。
青葉は出先から帰って来たのだろうか。それともこれから行くのだろうか。鞄を持って受付に立っていた。
こちらに気づいてくれるだろうかとなんとなくその様子を見た。だが、青葉は受付の女性と楽しそうに喋っていてなかなかこちらを向うとしない。
藤宮コーポレーションの受付嬢は五人いるが、どの女性も非常に綺麗だ。受付嬢をするぐらいだから容姿が綺麗な女性を選んでいるのだろうが、この会社に入社するということはそれだけではないはずだ。
綾芽は劣等感に似たものを抱いた。胸を焼けつくような感情がふつふつと湧いて、なんだかとても虚しくなった。あの受付嬢に告白されたら、青葉は付き合うだろうか。おそらく、この会社にいる男なら誰でも付き合いたいと思うはずだ。
この間まであった自信はどこへ行ったのだろう。そんなものは簡単に吹き飛んでしまった。
────私とあの人じゃ、勝負にもならないよね。
「立花さん? なにやってるんですか?」
突然声を掛けられて、綾芽は慌てて涙を引っ込めた。萩原が訝しげな顔をしてそこに立っていた。いつまでたっても在庫を持ってこないから不思議に思ったのだろう。綾芽はまだちょっとも店から離れていなかった。
「ごめん、ちょっとぼうっとしてただけ」
「なんか顔色悪いですよ。バックヤードで休んだらどうですか?」
「ううん……平気……」
綾芽は再び倉庫へ足を進めた。だが、またしても声に呼び止められた。今度は萩原ではなかった。振り返ると青葉がいた。
「どうしたのか」
青葉が突然話しかけてきて混乱しているのは綾芽だけではなかった。萩原もだ。
青葉はずいっと綾芽に近付いた。綾芽は驚いて一歩後ずさった。
「……なんでもありません。これから倉庫に行くところなんです」
「────そうか。仕事、頑張ってくれ」
青葉はなんだか不機嫌そうにそこを後にした。残された綾芽は突然のことに驚いてポカンと青葉の後ろ姿を眺めた。
「……あの人って、たまに店に来る人ですよね? 立花さん仲いいんですか?」
「ふ、普通におしゃべりする程度だよ」
一体どうしたのだろうか。妙に雰囲気がおかしかった。悩んでいたことは一瞬で吹き飛んだが、今度は別のことが頭を占拠し始めた。