とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第2話 薄幸のコンビニ店員
薄幸のシンデレラ。学生時代の学友たちは、立花綾芽のことを陰でそう呼んでいた。
実に不名誉だが、綾芽は薄幸と言われるだけの生い立ちをしていた。
綾芽は中学生の時まで両親が揃っていた。だが、唯一の悩みが父親の金遣いが荒いことで、そのことで両親が争っている姿を何度も見てきた。
父親は典型的な男尊主義者で、いつも口癖のように「俺が働いているからお前らは飯が食えるんだ」と言っていた。
暴力を振るわれるようなことはなかったが、そんな父親が嫌だった綾芽がバイトをしようとすると、「俺の稼ぎが少ないと思ってるのか!」と言って怒るような人間だったため、バイトもロクにできなかった。
それゆえ学校が終わるといつも門限ギリギリまで友達と遊んで帰っていた。
高校生になった頃、母親はついにそんな父親に嫌気がさして家を飛び出した。
置いていかれた、という悲しみもあったが一番強く思ったのは「私も早く逃げ出したい」、だった。
父親との生活は絶対にうまくいかないだろう。そう思っていた矢先に父親が亡くなった。死因は酩酊による陸橋からの転落死だった。
だが、綾芽はちっとも悲しくなかった。その直前まで、父親がキャバクラで飲んでいたという話を聞いたからだ。自業自得だ、そんなふうにすら思っていた。
これで解放される────そう思っていたが、人生そううまくはいかない。
次に綾芽を待っていたのは、父親が残した借金だった。
元々隠れてあちこちに飲みに行っていたらしい。父親が残した借金は五百万もあった。
大人ならどうにか少しずつ返していける金額だったが、綾芽はまだ高校生だ。そんな大金を返すあてなどない。母親は失踪していて居所もわからず、親戚は借金のせいで綾芽を嫌厭していて誰にも頼れなかった。
微々たる財産だけ受け継いだところで生活もままならない。綾芽は高校を中退し、働くことにした。
高校を出ていればまともな就職先があったのかもしれない。
だが、世間はそう甘くない。ある程度安定した企業で稼ぎたい気持ちはあったが、高校中退の綾芽がそんな優良企業で働くことはできなかった。
生活費を捻出し、月に一定の金額を返済していく。そのためにバイトをいくつも掛け持ちすることになった。
警備員の仕事や催事のスタッフ、イベント会場の設営、コンビニの店員など、時給さえよければなんでもやった。おかげで一定の社交性とスキルは身についたが、生活が厳しいのは変わらなかった。
最も時給がよさそうなお水の仕事に就かなかったのは、父親のことと結びつくからだ。キャバクラやガールズバーは給料が桁違いによかったが、むしゃくしゃする場所に自ら飛び込もうなどとは思わなかった。そして、金に溺れるそんな仕事を毛嫌いするようになった。
そんな生活をするようになってもう何年目だろうか。
今は一定の人脈が出来たおかげで仕事も安定し、コンビニとイベントを中心に仕事していた。
仕事場である「JeFMic」は藤宮コーポレーションの一階にあるコンビニだ。
このコンビニは大変に時給がよく、普通のコンビニで仕事をするよりも二百円ほど差があった。しかも二十四時間営業ではないため、社員達が帰る十七時までのシフトがあることが魅力的だった。
バイトを掛け持ちしている綾芽にとっては、都合のいい時間で終わることは大変にありがたいことだ。おかげで夜は時給のいい別の仕事を入れられる。
会社の中にあるため酔っ払いや不良が来ることもない。藤宮コーポレーションは大企業だから、たまに嫌な客は来てもたかが知れていた。
だが、上場企業の会社で働くというのは綾芽にとって辛いものだった。綾芽にも就きたいと思う仕事はあったが、高校の時に運命を決められてしまったのだ。今更どうにもならない。
借金を背負う身で、夢を目指すなんてことは夢のまた夢だった。
「ここの会社って年収七百万なんだって」。そんな話を聞いて、綾芽は羨ましいというよりも一瞬で借金が返せるということしか頭に浮かばなかった。
綾芽の年収のほとんどは借金返済に当てられているため、ないも同然だ。切り詰めた生活で、おしゃれやおいしいランチを食べたりなど贅沢をしている暇も余裕もない。
それぐらいの年収があれば余裕のある借金返済生活が送れるのだろうが、藤宮コーポレーションに入社するにはあまりにも学が足らなさすぎてまるで天を見上げているような気分になる。
こんな会社の社長や役員はきっと大豪邸に住んで贅沢な生活を送っているのだろう。
平均千円から二千円前後の会計を何度もしながら、綾芽は藤宮コーポレーションの社員の食費をなんとなく計算した。
毎日千円使っていれば週に五日コンビニ食でも五千円だ。月で計算すると二万円になる。ランチ代だけで、だ。これに朝夕と食事していたら、食費は五万円を越すのではないだろうか。
ちなみに、綾芽の食費は月に一万五千円までと決めている。コンビニでランチを買うこともなければ、定食屋に入ることもない。家に炊飯器と塩さえあればおにぎりが作れたからそれで済ませていた。
コンビニで千円なんてあっという間だが、綾芽はおにぎり代の百円すらもったいないと思っていた。
実に不名誉だが、綾芽は薄幸と言われるだけの生い立ちをしていた。
綾芽は中学生の時まで両親が揃っていた。だが、唯一の悩みが父親の金遣いが荒いことで、そのことで両親が争っている姿を何度も見てきた。
父親は典型的な男尊主義者で、いつも口癖のように「俺が働いているからお前らは飯が食えるんだ」と言っていた。
暴力を振るわれるようなことはなかったが、そんな父親が嫌だった綾芽がバイトをしようとすると、「俺の稼ぎが少ないと思ってるのか!」と言って怒るような人間だったため、バイトもロクにできなかった。
それゆえ学校が終わるといつも門限ギリギリまで友達と遊んで帰っていた。
高校生になった頃、母親はついにそんな父親に嫌気がさして家を飛び出した。
置いていかれた、という悲しみもあったが一番強く思ったのは「私も早く逃げ出したい」、だった。
父親との生活は絶対にうまくいかないだろう。そう思っていた矢先に父親が亡くなった。死因は酩酊による陸橋からの転落死だった。
だが、綾芽はちっとも悲しくなかった。その直前まで、父親がキャバクラで飲んでいたという話を聞いたからだ。自業自得だ、そんなふうにすら思っていた。
これで解放される────そう思っていたが、人生そううまくはいかない。
次に綾芽を待っていたのは、父親が残した借金だった。
元々隠れてあちこちに飲みに行っていたらしい。父親が残した借金は五百万もあった。
大人ならどうにか少しずつ返していける金額だったが、綾芽はまだ高校生だ。そんな大金を返すあてなどない。母親は失踪していて居所もわからず、親戚は借金のせいで綾芽を嫌厭していて誰にも頼れなかった。
微々たる財産だけ受け継いだところで生活もままならない。綾芽は高校を中退し、働くことにした。
高校を出ていればまともな就職先があったのかもしれない。
だが、世間はそう甘くない。ある程度安定した企業で稼ぎたい気持ちはあったが、高校中退の綾芽がそんな優良企業で働くことはできなかった。
生活費を捻出し、月に一定の金額を返済していく。そのためにバイトをいくつも掛け持ちすることになった。
警備員の仕事や催事のスタッフ、イベント会場の設営、コンビニの店員など、時給さえよければなんでもやった。おかげで一定の社交性とスキルは身についたが、生活が厳しいのは変わらなかった。
最も時給がよさそうなお水の仕事に就かなかったのは、父親のことと結びつくからだ。キャバクラやガールズバーは給料が桁違いによかったが、むしゃくしゃする場所に自ら飛び込もうなどとは思わなかった。そして、金に溺れるそんな仕事を毛嫌いするようになった。
そんな生活をするようになってもう何年目だろうか。
今は一定の人脈が出来たおかげで仕事も安定し、コンビニとイベントを中心に仕事していた。
仕事場である「JeFMic」は藤宮コーポレーションの一階にあるコンビニだ。
このコンビニは大変に時給がよく、普通のコンビニで仕事をするよりも二百円ほど差があった。しかも二十四時間営業ではないため、社員達が帰る十七時までのシフトがあることが魅力的だった。
バイトを掛け持ちしている綾芽にとっては、都合のいい時間で終わることは大変にありがたいことだ。おかげで夜は時給のいい別の仕事を入れられる。
会社の中にあるため酔っ払いや不良が来ることもない。藤宮コーポレーションは大企業だから、たまに嫌な客は来てもたかが知れていた。
だが、上場企業の会社で働くというのは綾芽にとって辛いものだった。綾芽にも就きたいと思う仕事はあったが、高校の時に運命を決められてしまったのだ。今更どうにもならない。
借金を背負う身で、夢を目指すなんてことは夢のまた夢だった。
「ここの会社って年収七百万なんだって」。そんな話を聞いて、綾芽は羨ましいというよりも一瞬で借金が返せるということしか頭に浮かばなかった。
綾芽の年収のほとんどは借金返済に当てられているため、ないも同然だ。切り詰めた生活で、おしゃれやおいしいランチを食べたりなど贅沢をしている暇も余裕もない。
それぐらいの年収があれば余裕のある借金返済生活が送れるのだろうが、藤宮コーポレーションに入社するにはあまりにも学が足らなさすぎてまるで天を見上げているような気分になる。
こんな会社の社長や役員はきっと大豪邸に住んで贅沢な生活を送っているのだろう。
平均千円から二千円前後の会計を何度もしながら、綾芽は藤宮コーポレーションの社員の食費をなんとなく計算した。
毎日千円使っていれば週に五日コンビニ食でも五千円だ。月で計算すると二万円になる。ランチ代だけで、だ。これに朝夕と食事していたら、食費は五万円を越すのではないだろうか。
ちなみに、綾芽の食費は月に一万五千円までと決めている。コンビニでランチを買うこともなければ、定食屋に入ることもない。家に炊飯器と塩さえあればおにぎりが作れたからそれで済ませていた。
コンビニで千円なんてあっという間だが、綾芽はおにぎり代の百円すらもったいないと思っていた。