とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第16話 夢の中の本音と幻
 萩原に声をかけられてほっとした綾芽は足早にバックヤードへ向かった。

 あのままだったら、嫌なことを聞いていたかもしれない。「私なんかより、あの女性(ひと)と行った方がいいんじゃないですか」、と────。

 コンビニは一階のロビーに併設されているせいで人の出入りはよく見える。退勤時間に青葉が通るかもしれないと思って行き過ぎる人々を観察していたが、間の悪いことに、見ては行けないものを見てしまった。

 青葉は女性に話しかけられて、一緒にエントランスを出た。

 よくよく見れば、彼女は受付嬢をしている女性だ。受付嬢の彼女が秘書の青葉と親しくてもなんら不思議ではないが、以前見た光景と重なってそれは悲しみに変わった。

 自分は青葉と二人きりで出掛けたのだ。一緒にランチも摂っていて、花束だってもらった。プレゼントだって────。けれどそんなものは今を突き付ける現実で役に立ってくれなかった。

 自分と青葉があまりにもかけ離れているからだろう。青葉はあまりにも年上で、収入も、生活も違いすぎる。自分などよりも、彼女のような華やかな女性の方がよほどお似合いだ。

 店長と話しながら、綾芽ばぼんやりとそのあとの展開を予想した。

 青葉と彼女はどこかに出掛けたのだろうか。たまたま退勤時間が一緒だから出たのか。だとしても、二人は遠巻きに見てお似合いの恋人同士だった。綺麗なジャケットを着こなして、スタイルも良くて笑顔の素敵な受付嬢だ。自分とは雲泥の差だ。

 それなのに青葉はなぜ、また自分を誘うのだろう。あの女性とは何もないのだろうか。青葉はあちこちの女性に声をかけまくっているような奔放な男には見えない。

 青葉の気持ちが分からなかった。これ以上紛らわしいことをして自分を混乱させないで欲しい。火遊びでないのなら一体なんなのだろう。やはりただのお節介なのだろうか。それとも本気で────。



 店頭へ戻ると萩原が代わりに残った品出しをしていた。そういえば、放りっぱなしにしていた。

「萩原君、ごめん。放ったらかしにしてて……」

「ああ、いいですよ。もう終わります。それより、さっきの男の人ってこの間の人ですよね? 立花さんの彼氏ってあの人ですか?」

「えっ!? ち、違うよ。あの人は会社の仕事を振って来ただけでそういう関係じゃ────」

「ならよかったです。俺ちょうど立花さんに頼みたいことがあったんですよ」

「頼みたいこと?」

「実は友達と合コンするんですけど、立花さんに来てもらえないかなって」

「……合コン?」

 合コンに誘われたことは何度かあるが、行ったことは一度もない。仕事があまりにも忙しくて時間がなかったからだ。
 合コンにお金を使うぐらいなら仕事していた方がいいと思っていた。第一彼氏を作れば交際費として金が飛ぶのだ。そういう意味では青葉も同じだが、青葉は金銭的余裕があるおかげで比較的出費のことを気にせずに済んでいた。

「男側は全員俺の友達で、それぞれ知り合いの女子を連れていくことになってるんです。俺他に誘えるような子がいなくって、立花さんの話は友達にもよくしてるんで、絶対ウケると思います!」

「話って、まさか氷の女王とか言ってるんじゃないよね?」

「はは……」

 萩原は目をそらして笑った。どうやらそのようだ。

「悪いけど、合コンはちょっと……」

「あ、彼氏作れって言ってるんじゃないんです。ただ俺だけ連れて行かないとちょっと困るかなと……費用は男の方で負担するってことになってるんで心配しないでください。結構安い居酒屋なんで飲んでもそんなにお金かからないですから」

 綾芽は悩んだ。人と話すことは嫌いではないが、現時点では青葉以外の人間を好きになれる気はしない。だが、萩原には世話になっている。今後のバイト生活を考えると、一回ぐらい頼みを聞いてやった方がいいのではないだろうか。

 ────青葉さん以外のことを考えれば、少しは気が紛れるかな。

 現時点で自分と青葉は付き合っていない。だから別にどこに行こうと構わないはずだ。仕方ないな、と頷くと萩原はよっしゃ! とガッツポーズをとった。

「よかった〜これで罰ゲーム受けずに済みました」

「罰ゲーム?」

「誰も連れて行けなかったら合コンの食事代全額負担なんですよ。助かりました」

「そ、それはかなり酷い罰ゲームだね……」

 合コンは興味ないが、人助けだと思ってやればいいだろう。費用がかからないのならそれほど気にする必要はないのかもしれない。

 青葉だってあの女性と親しくしていたのだ。これぐらい構わないだろう。
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