とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 合コンは一週間後のバイトが終わった後、萩原と一緒に行くことになった。

 男のメンバーは萩原と同じ大学の生徒で、女性のメンバーはそれぞれが連れてくるためどんな人間が来るかは分からないらしい。

 綾芽は着ていく服が限られていたので、先日会社のイベントで来たワンピースを着ていくことにした。

 綾芽はバイトが終わると更衣室でワンピースに着替えた。さすがに化粧もなしで行くとまずいだろうからと、軽くファンデーションやリップだけ塗った。

 コンビニから出ると、入り口に萩原が待っていた。

 萩原は今日はバイトがない。だが、居酒屋の場所がわかりにくいからとこちらで待ち合わせしていた。

 萩原は店から出てきた綾芽を見た瞬間、わっと驚いていた。

「え!? 立花さん!? なんですかそれ!」

「……変?」

 萩原はいつも綾芽がしている格好を知っている。シンプルな白のTシャツにジーンズ姿。おしゃれもへったくれもない格好だ。だからこんな格好をしてくれば驚くのは当然だった。

「いやいや! めっちゃいいじゃないですか! これはウケバッチリですよ! いや、俺いい仕事したな〜」

「萩原君は何にもしてないでしょ」

「美人って紹介しといたんで、頑張ってください!」

 萩原は親指を立てた。

「それで、お店は駅からちょっと歩くって言ってたよね?」

「そうなんです。電車に乗って大体十分ぐらいのところです。じゃあ、行きましょうか」

 その居酒屋は繁華街の中心地にあった。よく見かけるチェーン店居酒屋で、とにかく安いことがウリだ。大学生の飲み会なんてこんなものだろう。元々男側が支払いを持つと言っているのだ。高い場所は選べなかったに違いない。

 店に入ると、テーブルにはすでに何人かが集まっていた。男女それぞれ四人と聞いているが、まだ一組だけ来ていないようだ。

「お疲れー」

「お、それが例の氷の女王様か?」

 どうやら、萩原は友人らにまでそのあだ名で伝えているらしい。綾芽は萩原を肘で小突いた。

「萩原君?」

「あはは……いや、悪気はないんです……」

 それから定刻間際になると残りの人組が来て合コンが始まった。男側のメンバー紹介をしながら、それぞれが連れて来た女性を紹介する。綾芽は例によって「氷の女王様」と言われたが、おかげでウケはよかったらしい。初めてのメンバーでも比較的気楽に喋ることができた。

 元々掛け持ちしているもう一つのバイトでは初対面の人間と喋ることが多いため、合コンのような雰囲気は苦にならなかった。話のレパートリーは少ないが、その分相手の話を聞いていれば特に気まずい空気になることはなかった。

「ところで、なんで氷の女王様なの?」

 男側のメンバーの一人が綾芽に尋ねた。綾芽の代わりに、萩野が答えた。

「寄ってくる男をことごとくドライに断ってるからだよ」

「へえ、じゃあ立花さんはモテるんだね」

「立花さんはすごいんだ。あの藤宮コーポレーションの男達をことごとく振って振って振りまくって────」

 酔っているのだろうか。萩野は視線がぼんやりしていた。

「ちょっと、語弊がある言い方はやめてよ。ほら、萩野君水飲んで」

「でも、それってすごいことだよ。藤宮なんて超エリートだし、女の子なら絶対食いつくんじゃないかな」

 彼も萩野と同じことを言う。一般的にはそうなのだろう。勝ち組、負け組という分類があるなら、間違いなく彼らは勝ち組だ。そして綾芽は負け組だ。

 綾芽はちっとも誇らしい気持ちにはなれなかった。ただそのことは、青葉と自分との格差を思い知らせるだけだ。いくら藤宮の社員達にモテようと、それがイコール青葉に好かれることにはならない。

「そんな人たちに告られてたんじゃ俺らみたいな大学生なんか興味ないよね」

「それは────」

 そもそも、人と付き合ったことがないから分からない。人を好きになったことは何度かあるが、その度に諦めてきた。自分にとって優先すべきは借金を返済することで恋人と幸せになることではない。

 青葉を好きになったのは本当に偶然だ。他人を頼ってもいいと思えたから、青葉の親切が心地よかった。だが、青葉の行動が本当にただの親切だったのなら、恋は崩れ去るだろう。

 どうすれば青葉に選ばれる女性になれるのかわ分からない。それはあまりにも遠い場所にあるように思えた。

 青葉は彼女と一緒にどこか出掛けただろうか。海へ行ったり食事したり、キスをして、抱き合ったのだろうか。

 自分にもあんな魅力がかけらでもあればいいのだが、おあいにく様お世辞にも特別足が長いわけでもなく胸が大きいわけでもなく、突出した部分はどこにもない。

 青葉を好きになるなんて、身の程知らずだ。あまりにも────。



 それから十一時ごろに一行は解散した。それぞれ気になる人間と連絡先を交換し、綾芽も二人に連絡先を教えた。実際連絡するかは分からないが、これも社交辞令というやつだ。萩原も別の女子とよく話していたし、彼女と連絡先を交換したらしい。

 ほんのり酒に酔いながら、綾芽は繁華街を駅に向かって歩いた。道を歩く恋人同士が手を繋いでいるのを眺めながら、何もない自分の掌でぎゅっと鞄の紐を掴んだ。
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