とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 綾芽と別れてから三日目、俊介はまたコンビニに立ち寄った。だが、やはり綾芽は出勤していなかった。メッセージも何度も入れているし電話もしたが、相変わらず返事はなしのつぶてだ。

 それから次の日も、その次の日も待ったが、やはり綾芽は来なかった。

 会えないし電話にも出てくれないのでは説明のしようがない。痺れを切らした俊介はコンビニの店長に確認することにした。

 店長はバイトのスタッフと一緒にレジに立っていた。店長は社員だから、当然聖のことも俊介のことも知っている。俊介が声を掛けると愛想よくお疲れ様です、と挨拶した。

「こちらで働いている立花さんですが、何時ごろ出勤するでしょうか。仕事のことで少し伝達事項があるのですが」

 そう尋ねると、店長はなんだか顔色が悪くなった。

「なにか?」

「いえ、立花さんなんですが、バイトを辞めることになったんですよ」

「え!?」

 俊介は耳を疑った。綾芽がバイトを辞める? そんな馬鹿なことあるわけがない。

「り、理由は────」

「なんでも家庭の事情でやむなくだとか……いや、頑張ってくれていたんですけどねぇ。本当に残念です」

 残念です。店長の声が鼓膜の内側でリフレインする。だが、その言葉はそんな二文字では片付けられないほど俊介にとって重いものだった

 ────綾芽、君にとって俺との時間は……そんなふうに去らなければならないほど嫌なものだったのか?

 あの時確かに綾芽は自分のことを「俊介さん」と呼んだ。それがとても嬉しくて、自分はもう一度彼女を「綾芽」と呼んだ。

 優しく笑う彼女の瞳を見ているとそれだけで満たされて、どうしたらいいか分からなくなった。思いを伝える方法はいくらでもあるのに、綾芽の前では何も出来なくなってしまう。綾芽が泣きながら出て行った時でさえ────。

 もっとスマートに告白して、ちゃんとした手順を踏んでいればもう少し上手くやれたのだろうか。真面目になってばかりだといけないと思って踏み出したのに、やりすぎて羽目を外した。加減もできないのだ。綾芽のせいではない、自分が馬鹿だったからだ。

 もっとちゃんと伝えれいれば────。後悔しても遅かった。自分はもう綾芽の涙を止めることさえ出来ないのだから。
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