とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第19話 隠し事
俊介の休憩時間は一時間しかなかった。あっという間にその時間が過ぎてしまい、仕方なく公園の入り口で綾芽を見送った。
綾芽は今日仕事を休んだと言っていたが、それなら自分も休めばよかったと後悔した。
秘書室に帰ると、先に机に着いていた本堂がどうだった? とでもいうように顔あげた。
あれは幻ではないだろうか。俊介はもう一度先ほどのことを思い出した。綾芽からきちんと「はい」の言葉を聞けた。幻聴ではなかったはずだ。
俊介はなんだか胸騒ぎがしてスマホを取り出した。そのまま綾芽に電話をかける。コール音が何度か続いたあと、綾芽の声が聞こえた。
『はい……あの、俊介さん……?』
────やはり、夢ではなかった。俊介は安堵の息をついた。
「いや……なんでもない。もう家に帰るのか?」
『少しだけぶらぶら歩いたら帰ろうと思います。お仕事、頑張ってください』
「ああ……気を付けて」
電話を終わらせると、本堂がニヤニヤしながら見つめていた。何もなければムカついていたところだが、今回ばかりは怒るに怒れない。本堂のおかげで綾芽と会えたのだ。むしろ彼に感謝しなければならないだろう。
「よかったな」
本堂はどうなったか既に分かっているのだろう。俊介はありがとう、と素直に言うことにした。
「ったく……一時はどうなることかと思ったじゃねえか」
「悪かった……」
「ま、事なきを得てよかったな。これでやっと肩の荷が降りた」
「そんなふうに思ってたのか」
「そりゃ、多少は気にするだろ。俺だって冷血漢じゃねえんだ」
「お前が気にする必要はなかったよ」
「どういうことだよ?」
「俺は、単に履き違えてただけなんだ。聖を大事にしたい気持ちを、好きだと思ってた。けど違ったんだ。聖の時はこんなふうに思わなかった」
「思ってたら職場が昼ドラみたいになってたな」
「茶化すなよ。とにかく、お前はもう心配しなくていい」
「一丁前に言いやがって。女に振られて落ち込んでた奴がいうことかよ」
「お前だって聖に婚約者ができた時落ち込み過ぎて会社辞めただろ」
俊介と本堂はジロリと視線をぶつけて互いに睨み合った。
「────ま、脱独り身ぐらい祝ってやるよ」
「嫌味な奴だな。結構だ」
「俺はともかく、聖が聞いたら絶対言うぞ、アイツお前とあの女のことやたら気にかけてたからな」
「あ────……」
確かに、聖ならやりかねない。聖は相当心配していたようだから、またタイミングを見て話せばいいだろう。
それから俊介は会議から帰ってきた聖に報告した。聖は飛び上がるほど喜んでいた。それを見て、ちっとも悲しい気持ちにはならなかった。
「おめでとう俊介! よかった、これでもう安心ね」
「ああ、心配かけて悪かったな」
「お祝いしなきゃ。またみんなでご飯食べに行きましょ。もちろん綾芽ちゃんも誘って。確か彼女のシフト午後五時までだったわよね?」
「あー……」
俊介はしまった、と気付いたが遅かった。こうなっては聖に綾芽がコンビニをやめたことを伝えざるを得ないだろう。それに聖は常連だ。言わなくてもそのうち気付くかも知れない。
「聖……その……」
「なに? どうかした?」
「綾芽さんは、その……コンビニを辞めたんだ」
「え」
その瞬間、聖の目が点になった。まさかそう答えるとは思いもしなかったに違いない。だが、驚いた表情は見る見るうちに疑いのまなざしに変わっていく。
「……どういうこと?」
聖はジロリと俊介を睨みつけた。
「それがその……色々あって……」
「色々って?」
追求する聖に、本堂は耳打ちした。すると今度は聖の顔が真っ赤になって呆れたように口をぽかんと開けた。
「聖、そんなに怒るな。こいつだって頑張ってたんだ」
「……じゃあ、はじめさんはずっと知ってたのね?」
どうやら本堂にまで飛び火してしまったらしい。本堂は罰が悪そうに口をつぐんだ。助け舟を出したのに、とんだとばっちりだ。
「いや、それは……」
それから散々お説教をくらったが、聖も最終的には問題が解決したので納得した。俊介も今回のことでひどい目に遭ったので、綾芽の前ではもう酒は飲まないことに決めた。酒なんかに頼るものではない。
綾芽は今日仕事を休んだと言っていたが、それなら自分も休めばよかったと後悔した。
秘書室に帰ると、先に机に着いていた本堂がどうだった? とでもいうように顔あげた。
あれは幻ではないだろうか。俊介はもう一度先ほどのことを思い出した。綾芽からきちんと「はい」の言葉を聞けた。幻聴ではなかったはずだ。
俊介はなんだか胸騒ぎがしてスマホを取り出した。そのまま綾芽に電話をかける。コール音が何度か続いたあと、綾芽の声が聞こえた。
『はい……あの、俊介さん……?』
────やはり、夢ではなかった。俊介は安堵の息をついた。
「いや……なんでもない。もう家に帰るのか?」
『少しだけぶらぶら歩いたら帰ろうと思います。お仕事、頑張ってください』
「ああ……気を付けて」
電話を終わらせると、本堂がニヤニヤしながら見つめていた。何もなければムカついていたところだが、今回ばかりは怒るに怒れない。本堂のおかげで綾芽と会えたのだ。むしろ彼に感謝しなければならないだろう。
「よかったな」
本堂はどうなったか既に分かっているのだろう。俊介はありがとう、と素直に言うことにした。
「ったく……一時はどうなることかと思ったじゃねえか」
「悪かった……」
「ま、事なきを得てよかったな。これでやっと肩の荷が降りた」
「そんなふうに思ってたのか」
「そりゃ、多少は気にするだろ。俺だって冷血漢じゃねえんだ」
「お前が気にする必要はなかったよ」
「どういうことだよ?」
「俺は、単に履き違えてただけなんだ。聖を大事にしたい気持ちを、好きだと思ってた。けど違ったんだ。聖の時はこんなふうに思わなかった」
「思ってたら職場が昼ドラみたいになってたな」
「茶化すなよ。とにかく、お前はもう心配しなくていい」
「一丁前に言いやがって。女に振られて落ち込んでた奴がいうことかよ」
「お前だって聖に婚約者ができた時落ち込み過ぎて会社辞めただろ」
俊介と本堂はジロリと視線をぶつけて互いに睨み合った。
「────ま、脱独り身ぐらい祝ってやるよ」
「嫌味な奴だな。結構だ」
「俺はともかく、聖が聞いたら絶対言うぞ、アイツお前とあの女のことやたら気にかけてたからな」
「あ────……」
確かに、聖ならやりかねない。聖は相当心配していたようだから、またタイミングを見て話せばいいだろう。
それから俊介は会議から帰ってきた聖に報告した。聖は飛び上がるほど喜んでいた。それを見て、ちっとも悲しい気持ちにはならなかった。
「おめでとう俊介! よかった、これでもう安心ね」
「ああ、心配かけて悪かったな」
「お祝いしなきゃ。またみんなでご飯食べに行きましょ。もちろん綾芽ちゃんも誘って。確か彼女のシフト午後五時までだったわよね?」
「あー……」
俊介はしまった、と気付いたが遅かった。こうなっては聖に綾芽がコンビニをやめたことを伝えざるを得ないだろう。それに聖は常連だ。言わなくてもそのうち気付くかも知れない。
「聖……その……」
「なに? どうかした?」
「綾芽さんは、その……コンビニを辞めたんだ」
「え」
その瞬間、聖の目が点になった。まさかそう答えるとは思いもしなかったに違いない。だが、驚いた表情は見る見るうちに疑いのまなざしに変わっていく。
「……どういうこと?」
聖はジロリと俊介を睨みつけた。
「それがその……色々あって……」
「色々って?」
追求する聖に、本堂は耳打ちした。すると今度は聖の顔が真っ赤になって呆れたように口をぽかんと開けた。
「聖、そんなに怒るな。こいつだって頑張ってたんだ」
「……じゃあ、はじめさんはずっと知ってたのね?」
どうやら本堂にまで飛び火してしまったらしい。本堂は罰が悪そうに口をつぐんだ。助け舟を出したのに、とんだとばっちりだ。
「いや、それは……」
それから散々お説教をくらったが、聖も最終的には問題が解決したので納得した。俊介も今回のことでひどい目に遭ったので、綾芽の前ではもう酒は飲まないことに決めた。酒なんかに頼るものではない。