とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第21話 本堂常務の本音
 ヴヴ、と鈍い音が執務室に響く。本堂はその音の主が隣の席の青葉俊介のスマホだと分かっていた。

 恐らくデスクの上に置いているのだろう。横目で俊介を見ると、彼の口角が嬉しそうにすっと上がる。それだけで誰から何が送られてきたか分かった。

「ニヤニヤしてんじゃねーよ。ゾッコンか」

「お前だって聖にゾッコンだろ」

 俊介は否定もしなかった。

「お前ほど表に出してねぇよ」

「別に触れ回ってるわけじゃないだろ。ちょっと笑っただけだ」

「ま、お前が言うならそう思ってといてやるよ」

 立花綾芽と付き合い初めてから、俊介はかなり変わった。いや、付き合う前からだろうか。本堂は横の席なのでその様子をひしひしと感じていたが、聖もきっとそう思っていることだろう。

 俊介はかつて超がつくほど真面目で、藤宮家の理想的な執事だった。自分が聖の家庭教師として採用された時も、聖に近付く怪しい奴認定していたし、その真面目さゆえに、柔軟な発想が出来なかった。

 それは彼の長所でもあったが、短所でもあった。彼自身もそのことをある程度自覚しているようだったが、執事として長年働いてきたがためになかなか変えられなかったのだろう。

 だが、あの立花綾芽に出会った頃から、彼に変化が見え始めた。

 詳細は聞いていないが、俊介はその真面目さゆえに彼女と何度も衝突したようだ。無論、俊介に悪気はない。彼なりに礼儀正しくしたつもりなのだろうが、お互い知り合って間もなかったこともあって、彼女のことを把握していなかったのだろう。彼のやることはことごとく裏目に出た。

 俊介が悩んでいるのを聞いて、自分はその時呆れてもいたが、彼に同情してもいた。

 ────青葉のは所詮理想論だからな……。

 俊介は非常に真面目で勤勉だ。藤宮家の執事という努力した分評価されるポジションにいた。

 だが、立花綾芽はそうではない。不遇な身の上に借金まで背負っていて、俊介のような口先だけの夢物語が通じるような女ではなかったのだ。

 本堂は同じような身の上のため彼女の不幸が理解できたが、俊介が本気で彼女に寄り添おうと思うなら「赤の他人の同情」では心に響かないのだ。

 俊介の恋路がうまくいくようアドバイスをしたが、なにせ相手は十五も年下の女だ。さすがにどうなるかハラハラした。

 結果的に二人はうまくいき、ご覧の通り仲がいいから心配いらないだろうが、あまりにも変わりすぎて少々鬱陶しい。

 ────ま、こいつが幸せそうならそれでいいか。

 本堂は席を立ち、財布を持った。

「コーヒーか?」

 俊介は顔を上げ、本堂に尋ねた。

「ああ、お前の相方はいないんだったな」

「いいんだよ。会おうと思ったらいつでも会える」

 負けじと言い返した俊介を放って、本堂はコンビニに向かった。

 一階のコンビニはよく利用していた。それこそ、聖も俊介も今でこそよく利用しているが、三人の中で一番利用しているのは本堂だ。

 聖は親が現役で社長をしていた頃はコンビニに全く近づかなかったし、俊介もそれほど立ち寄っているふうではなかった。

 しかし本堂は一階のコンビニで売られているコーヒーが好きだったのでよく買いに行っていた。立花綾芽はその時からいたのかもしれないが、興味なかったので特に気にもしなかった。



 コンビニでコーヒーを買って、ロビーのソファに腰掛けた。

 いくつか置かれたドーナツ型のソファには、真ん中に観葉植物が置かれていて、ポツポツと社員が腰掛けている。本堂は休憩がてらコーヒーを飲みながらスマホの画面を眺めた。

「知ってる? 青葉秘書、彼女がいるらしいよ」

 ふと、知った名前が聞こえてきて、本堂は意識をスマホからそちらに移した。

 どうやら喋っているのは近くに座っていた女性社員たちらしい。ソファの形状から本堂のことが見えていないのだろう。

 先ほどの女性社員と喋っていたもう一人の女性社員は、うそー! と言いながら残念がった。

「それ、本当なの?」

「らしいよ。女の子と歩いているの見た人いるんだって」

「ええー! 狙ってたのに!」

「でも、随分若い子だったからもしかしたら姪っ子とか妹さんなのかもしれないって」

「青葉さん、妹いたの?」

「さぁ……いるんじゃない?」

 聞き耳を立てながら、本堂はくっくっと笑った。

 確かに、立花綾芽は十五も離れているから妹に間違えられてもおかしくない。それに彼女はどちらかと言えば幼い顔をしているから、そう見えても仕方ない。

 だが、これを聞くと俊介はさらに気にするだろう。付き合う以前から、彼は立花綾芽と歳が離れていることばかり言っていた。それは綾芽に好かれない理由を歳のせいにしておきたいだけのようにも思えるが、実際彼がそう思っていたのだろう。

 自分も聖と結婚した時かなり周囲にあれこれ噂されたが、それは聖が社長だからだろう。少なからず目立つポジションにいるのだ。他人の噂は避けられない。

 俊介も社長秘書という立場で会社では若い方だ。噂している女性社員のように影からこっそり狙っている人間もいる。これで綾芽と結婚なんてした日にはどうなるか、見ものだ。
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