とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第22話 幸福な夜
ようやく花屋での仕事が始まった綾芽だが、慣れない仕事で毎日が大変だった。重いものを持ったりすることには慣れていたが、とにかく初めは何も作れないので補助的な仕事が多かった。
仕事は店頭接客から近隣への配達、納品など限られていたが、要求されることは多かった。会社に生け込みの手伝いに行った時は高そうな花瓶を破らないか冷や冷やしたし、バラのトゲはしょっちゅう刺さる。花は見ていて可愛いが、生き物であるため厄介だ。
それでもずっとやりたかった仕事だから、小さなことでも充実感はあった。
俊介は店に来たがったが、まだなにも出来ないからと断った。本当は来て欲しいが、せっかく来てもらうのならちゃんとしたところを見せたかった。今の自分は中途半端もいいところだ。恋人に格好をつけたかったのかもしれない。
花屋の仕事を始めて一ヶ月ぐらい経った頃、俊介に聖と本堂の四人で出かけないかと誘われた。
この四人で会うのは以前焼肉を食べた時以来だ。なぜ四人なのか尋ねると、どうやら俊介が聖と本堂の結婚式の仲人を依頼されたかららしい。
それもあって、打ち合わせも兼ねて出かけたいのだそうだ。
綾芽はそこに自分は必要だろうか? と疑問に思ったが、二人とはまた会いたいと思っていたので誘ってもらえて嬉しかった。
待ち合わせたカフェに入ると、三人は既に到着していた。
綾芽は遅くなったことを謝り、聖と俊介の間の席に着いた。
「ごめんね、急に誘って」
「いえ、大丈夫です」
「今回呼んだ理由なんだけど、クリスマスに私達の結婚式があるの。俊介には元々仲人をしてもらうつもりだったんだけど、綾芽ちゃんにも是非来てもらえたらなって」
「いいんですか?」
「もちろん。あ、内輪だけしか集まらない式だからあんまり気にしないでね。親しい人しか呼ばないつもりだから」
綾芽は人の結婚式に行ったことは一度もなかった。高校を中退してから、それ以前仲の良かった友人とは疎遠になったし、結婚式に行けるだけの資金もなくて断ってばかりいた。
────そうだ。結婚式ってお金がいるんだった。
今更ながら、綾芽は慌てた。誘ってもらえたことは嬉しいが、結婚式となればご祝儀も包まなければならないし、着ていく服だっている。そうなると、生活どころではなくなってしまう。
聖はそっと顔を寄せると、小さく耳打ちした。
「綾芽ちゃん、もしよかったら私の使ってない礼服があるから」
「えっ」
「来てもらうなら楽しんで欲しいから。使ってないものだから気にしないで。むしろどうしようか処理に困ってたから、使ってもらえたら助かるの」
いつもの自分なら遠慮するところだ。だが、正直聖の申し出は有難かった。
結婚式用のものを揃えるとなるとそれなりにお金がかかる。人の結婚式にケチりたくはないが、今だってギリギリ人並みの生活を送っているのだ。またお金を使ったら、一ヶ月もやしだけで生活しなければならなくなってしまうだろう。それなら遠慮なく借りよう。
お礼を言うと、聖は嬉しそうに笑った。
結婚式は都内の式場で行うそうだ。本当にごくごく少数なので、すぐに終わるだろうと言っていた。
聖と本堂は大企業の役員なのに盛大な結婚式をしないことが不思議だったが、二人は幸せそうだ。祝福してもらうことが必ずしも幸せではないのかもしれない。
「お二人とも、おめでとうございます」
「ありがとう。結婚は諦めてたんだけど、頑張ってみるものね。はじめさんが相手で本当によかったなって思うわ」
「聖、あんまり人前で恥ずかしいことポンポン言うな」
「いいじゃない。はじめさんだって普段は言う癖に」
二人の仲睦まじい様子を見ていると、綾芽もなんだか幸せになってきた。二人は本当にお似合いのカップルだ。聖と本堂は初々しいところもあるが、熟年夫婦のように落ち着いたところもあってバランスが取れている。
自分たちはどうだろうか。俊介とはまだ付き合い始めたばかりだが、大きな喧嘩はしていない。付き合う前は自分が一方的に怒ったりしたことはあるが、仲直りはしている。
このまま付き合ったら、二人のように結婚するのだろうか。一瞬自分がウエディングドレスを着ているところを想像したが、すぐに我に帰った。
────なに考えてるの。まだ借金が残ってるのに結婚なんてできるわけないじゃない。
現時点で、父親が残した借金はあと二百万ほど残っている。この調子なら返せない金額ではない。
だが、借金があるような人間となんて誰も結婚したがらないだろう。俊介は生活を見る限り特に散財しているふうではないし、几帳面だから収入の管理ぐらいきっちりしていそうだ。
借金のことは知られているとはいえ、結婚相手には考えていないかもしれない。
そもそも、十五歳も年下の女を結婚相手として考えられるのだろうか。俊介が遊びで付き合っているなどとは思わないが、彼とそうなったところなどとても想像出来なかった。
仕事は店頭接客から近隣への配達、納品など限られていたが、要求されることは多かった。会社に生け込みの手伝いに行った時は高そうな花瓶を破らないか冷や冷やしたし、バラのトゲはしょっちゅう刺さる。花は見ていて可愛いが、生き物であるため厄介だ。
それでもずっとやりたかった仕事だから、小さなことでも充実感はあった。
俊介は店に来たがったが、まだなにも出来ないからと断った。本当は来て欲しいが、せっかく来てもらうのならちゃんとしたところを見せたかった。今の自分は中途半端もいいところだ。恋人に格好をつけたかったのかもしれない。
花屋の仕事を始めて一ヶ月ぐらい経った頃、俊介に聖と本堂の四人で出かけないかと誘われた。
この四人で会うのは以前焼肉を食べた時以来だ。なぜ四人なのか尋ねると、どうやら俊介が聖と本堂の結婚式の仲人を依頼されたかららしい。
それもあって、打ち合わせも兼ねて出かけたいのだそうだ。
綾芽はそこに自分は必要だろうか? と疑問に思ったが、二人とはまた会いたいと思っていたので誘ってもらえて嬉しかった。
待ち合わせたカフェに入ると、三人は既に到着していた。
綾芽は遅くなったことを謝り、聖と俊介の間の席に着いた。
「ごめんね、急に誘って」
「いえ、大丈夫です」
「今回呼んだ理由なんだけど、クリスマスに私達の結婚式があるの。俊介には元々仲人をしてもらうつもりだったんだけど、綾芽ちゃんにも是非来てもらえたらなって」
「いいんですか?」
「もちろん。あ、内輪だけしか集まらない式だからあんまり気にしないでね。親しい人しか呼ばないつもりだから」
綾芽は人の結婚式に行ったことは一度もなかった。高校を中退してから、それ以前仲の良かった友人とは疎遠になったし、結婚式に行けるだけの資金もなくて断ってばかりいた。
────そうだ。結婚式ってお金がいるんだった。
今更ながら、綾芽は慌てた。誘ってもらえたことは嬉しいが、結婚式となればご祝儀も包まなければならないし、着ていく服だっている。そうなると、生活どころではなくなってしまう。
聖はそっと顔を寄せると、小さく耳打ちした。
「綾芽ちゃん、もしよかったら私の使ってない礼服があるから」
「えっ」
「来てもらうなら楽しんで欲しいから。使ってないものだから気にしないで。むしろどうしようか処理に困ってたから、使ってもらえたら助かるの」
いつもの自分なら遠慮するところだ。だが、正直聖の申し出は有難かった。
結婚式用のものを揃えるとなるとそれなりにお金がかかる。人の結婚式にケチりたくはないが、今だってギリギリ人並みの生活を送っているのだ。またお金を使ったら、一ヶ月もやしだけで生活しなければならなくなってしまうだろう。それなら遠慮なく借りよう。
お礼を言うと、聖は嬉しそうに笑った。
結婚式は都内の式場で行うそうだ。本当にごくごく少数なので、すぐに終わるだろうと言っていた。
聖と本堂は大企業の役員なのに盛大な結婚式をしないことが不思議だったが、二人は幸せそうだ。祝福してもらうことが必ずしも幸せではないのかもしれない。
「お二人とも、おめでとうございます」
「ありがとう。結婚は諦めてたんだけど、頑張ってみるものね。はじめさんが相手で本当によかったなって思うわ」
「聖、あんまり人前で恥ずかしいことポンポン言うな」
「いいじゃない。はじめさんだって普段は言う癖に」
二人の仲睦まじい様子を見ていると、綾芽もなんだか幸せになってきた。二人は本当にお似合いのカップルだ。聖と本堂は初々しいところもあるが、熟年夫婦のように落ち着いたところもあってバランスが取れている。
自分たちはどうだろうか。俊介とはまだ付き合い始めたばかりだが、大きな喧嘩はしていない。付き合う前は自分が一方的に怒ったりしたことはあるが、仲直りはしている。
このまま付き合ったら、二人のように結婚するのだろうか。一瞬自分がウエディングドレスを着ているところを想像したが、すぐに我に帰った。
────なに考えてるの。まだ借金が残ってるのに結婚なんてできるわけないじゃない。
現時点で、父親が残した借金はあと二百万ほど残っている。この調子なら返せない金額ではない。
だが、借金があるような人間となんて誰も結婚したがらないだろう。俊介は生活を見る限り特に散財しているふうではないし、几帳面だから収入の管理ぐらいきっちりしていそうだ。
借金のことは知られているとはいえ、結婚相手には考えていないかもしれない。
そもそも、十五歳も年下の女を結婚相手として考えられるのだろうか。俊介が遊びで付き合っているなどとは思わないが、彼とそうなったところなどとても想像出来なかった。