とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第23話 謝罪
もうすぐクリスマスだ。藤宮コーポレーションの本社一階ロビーには、毎年大きなクリスマスツリーが飾られる。
豪華な飾り付けは聖の父親の趣味で、彼が始めたことだったが、社員たちが喜んでいるのでそのまま聖の代になっても毎年やるようになった。
出勤時、クリスマスツリーを横目に見ながら俊介は綾芽のことを考えた。
クリスマスイヴは仕事が入っているため綾芽は休めない。クリスマス当日は聖と本堂の結婚式なので、綾芽も出席するからどうにか会うことが出来た。
十二月に入ってから綾芽は以前にも増して忙しくなった。フリーターの綾芽にとっては稼ぎ時だから休んでいられないのだろう。借金を返済するためとは言え、俊介は心配だった。
綾芽は花屋の仕事が終わると掛け持ちしているもう一つの仕事に行く。その仕事が終わるのは九時や十時すぎだ。それより遅い時もあるという。そのため綾芽からはなかなか会いに来れないので、できるだけ自分の方から会いに行くようにしていた。
深夜に迷惑かもしれないと思ったが、綾芽は以前のように怒ることはなくなった。持って行く弁当は遠慮しているが、彼女のことだからきちんと食べているのだろう。とにかく綾芽は少食で栄養を考えた食事を摂っていないから倒れないように少しでも何かしたかった。過保護だろうか。だが、性分だから仕方ない。
俊介はロビーを通り過ぎ、エレベーターに乗り込んだ。
始業三十分前。本堂と聖はまだ来ていないようだ。俊介はデスクに着き、パソコンの電源を点けた。
インターネットの画面をつけると、広告にクリスマス特集と書かれていた。
────クリスマスか、どうするかな。
クリスマスの予定は決まっている。昼過ぎまでは聖と本堂の結婚式で、恐らく解散は十五時ごろになるだろう。そこからは綾芽と二人きりだ。
食事するレストランは予約しているが、それまでどこに行くか、そしてプレゼントでいまだに悩んでいた。クリスマスまであと少ししかないというのに、悩んでいる場合ではない。
俊介は文字を打ち込むとエンターキーを叩いた。画面には女性に喜ばれそうなプレゼントが色々載っているが、どれを贈れば綾芽は喜ぶだろう。
気持ち的にはここにある全部を贈りたいところだが、そんなことしたら綾芽が激昂するのは目に見えている。綾芽がなんとか受け取ってくれそうな高価すぎないもので、彼女が使ってくれそうなものは何かないだろうか。
画面をスクロールしていると、不意に秘書室の扉が開いた。本堂と聖だ。
「おはよう、俊介」
「ああ、おはよう」
声をかけると聖はそのまま執務室に入って行き、本堂が自分のデスクの上に荷物を下ろす。彼は俊介のパソコンをチラリと見ると、ふっと可笑しそうにした。
「悪いな、大事なクリスマスなのに」
「悪いなんて思ってないだろ」
「そりゃ、大事な結婚式だからな」
「俺は別にいい。時間もあるし、店も予約してる」
「さすが、用意周到だな。それで、プレゼントはまだ決まってねえってか?」
この画面を見て察したのだろう。そういう本堂は何か選んでいるのだろうか。そもそも、クリスマスは元々聖の誕生日だ。だからそれも合わせてその日にしたのかもしれない。
「お前は何にしたんだ?」
「俺は毎年料理作ってやってんだ」
「……お前がか?」
「普段はあんまやらねえからな。その日は聖の食べたいものを俺が作るんだ」
「意外だな」
「分かってんだろ。聖は光もんには興味ねえし安い店に入りたがる。普通のクリスマスにしてやった方がいいんだ」
「そうか……」
それなら、自分も何か綾芽のために作ろうか。しかし、レストランは予約してしまっているし、それだと解決策にならない。綾芽が喜ぶようなものは何かないだろうか。
「そんなに深く考えなくたってクリスマスなんだから色々あるだろ。イルミネーション見に行くとか、夜景を見るだとか、ああ、花が好きなら花でも買いに行けばいいんじゃねえか」
「普通すぎないか?」
「お前な、相方に一体何するつもりなんだよ」
「……俺の予想だけど、綾芽さんは多分今まで普通のクリスマスを過ごしたことがないんじゃないかと思うんだ。色々苦労してるだろうし、きっとどこかに行ったことも────」
「それならなおのこと、普通のことをしてやれば喜ぶんじゃねえのか? 何もなかったクリスマスにお前がいるんだ」
クリスマスをこんなに真剣に考えたのは初めてだった。
クリスマスは聖の誕生日だ。今までは藤宮家で行われる盛大な誕生パーティの準備に追われていて、クリスマスを祝うことはほとんどなかった。
聖を見ていれば分かる。贈り物は値段の差やものの良し悪しが心に響くわけではない。豪華なものを送られようと邪魔なものは邪魔だ。本堂のように高い贈り物をしなくても相手を喜ばせることはできる。
それなら型にはまらず、ものにこだわらず、綾芽が心から喜んでくれることをした方がいいのかもしれない。
何か贈らなければ────そんなことばかり考えていたが、綾芽にとってはきっと、初めてのことが多いはずだ。それなら、一緒にその時間を共有できるだけで十分幸せになれるだろう。
俊介はインターネットの画面を切り、そうだなと笑った。
豪華な飾り付けは聖の父親の趣味で、彼が始めたことだったが、社員たちが喜んでいるのでそのまま聖の代になっても毎年やるようになった。
出勤時、クリスマスツリーを横目に見ながら俊介は綾芽のことを考えた。
クリスマスイヴは仕事が入っているため綾芽は休めない。クリスマス当日は聖と本堂の結婚式なので、綾芽も出席するからどうにか会うことが出来た。
十二月に入ってから綾芽は以前にも増して忙しくなった。フリーターの綾芽にとっては稼ぎ時だから休んでいられないのだろう。借金を返済するためとは言え、俊介は心配だった。
綾芽は花屋の仕事が終わると掛け持ちしているもう一つの仕事に行く。その仕事が終わるのは九時や十時すぎだ。それより遅い時もあるという。そのため綾芽からはなかなか会いに来れないので、できるだけ自分の方から会いに行くようにしていた。
深夜に迷惑かもしれないと思ったが、綾芽は以前のように怒ることはなくなった。持って行く弁当は遠慮しているが、彼女のことだからきちんと食べているのだろう。とにかく綾芽は少食で栄養を考えた食事を摂っていないから倒れないように少しでも何かしたかった。過保護だろうか。だが、性分だから仕方ない。
俊介はロビーを通り過ぎ、エレベーターに乗り込んだ。
始業三十分前。本堂と聖はまだ来ていないようだ。俊介はデスクに着き、パソコンの電源を点けた。
インターネットの画面をつけると、広告にクリスマス特集と書かれていた。
────クリスマスか、どうするかな。
クリスマスの予定は決まっている。昼過ぎまでは聖と本堂の結婚式で、恐らく解散は十五時ごろになるだろう。そこからは綾芽と二人きりだ。
食事するレストランは予約しているが、それまでどこに行くか、そしてプレゼントでいまだに悩んでいた。クリスマスまであと少ししかないというのに、悩んでいる場合ではない。
俊介は文字を打ち込むとエンターキーを叩いた。画面には女性に喜ばれそうなプレゼントが色々載っているが、どれを贈れば綾芽は喜ぶだろう。
気持ち的にはここにある全部を贈りたいところだが、そんなことしたら綾芽が激昂するのは目に見えている。綾芽がなんとか受け取ってくれそうな高価すぎないもので、彼女が使ってくれそうなものは何かないだろうか。
画面をスクロールしていると、不意に秘書室の扉が開いた。本堂と聖だ。
「おはよう、俊介」
「ああ、おはよう」
声をかけると聖はそのまま執務室に入って行き、本堂が自分のデスクの上に荷物を下ろす。彼は俊介のパソコンをチラリと見ると、ふっと可笑しそうにした。
「悪いな、大事なクリスマスなのに」
「悪いなんて思ってないだろ」
「そりゃ、大事な結婚式だからな」
「俺は別にいい。時間もあるし、店も予約してる」
「さすが、用意周到だな。それで、プレゼントはまだ決まってねえってか?」
この画面を見て察したのだろう。そういう本堂は何か選んでいるのだろうか。そもそも、クリスマスは元々聖の誕生日だ。だからそれも合わせてその日にしたのかもしれない。
「お前は何にしたんだ?」
「俺は毎年料理作ってやってんだ」
「……お前がか?」
「普段はあんまやらねえからな。その日は聖の食べたいものを俺が作るんだ」
「意外だな」
「分かってんだろ。聖は光もんには興味ねえし安い店に入りたがる。普通のクリスマスにしてやった方がいいんだ」
「そうか……」
それなら、自分も何か綾芽のために作ろうか。しかし、レストランは予約してしまっているし、それだと解決策にならない。綾芽が喜ぶようなものは何かないだろうか。
「そんなに深く考えなくたってクリスマスなんだから色々あるだろ。イルミネーション見に行くとか、夜景を見るだとか、ああ、花が好きなら花でも買いに行けばいいんじゃねえか」
「普通すぎないか?」
「お前な、相方に一体何するつもりなんだよ」
「……俺の予想だけど、綾芽さんは多分今まで普通のクリスマスを過ごしたことがないんじゃないかと思うんだ。色々苦労してるだろうし、きっとどこかに行ったことも────」
「それならなおのこと、普通のことをしてやれば喜ぶんじゃねえのか? 何もなかったクリスマスにお前がいるんだ」
クリスマスをこんなに真剣に考えたのは初めてだった。
クリスマスは聖の誕生日だ。今までは藤宮家で行われる盛大な誕生パーティの準備に追われていて、クリスマスを祝うことはほとんどなかった。
聖を見ていれば分かる。贈り物は値段の差やものの良し悪しが心に響くわけではない。豪華なものを送られようと邪魔なものは邪魔だ。本堂のように高い贈り物をしなくても相手を喜ばせることはできる。
それなら型にはまらず、ものにこだわらず、綾芽が心から喜んでくれることをした方がいいのかもしれない。
何か贈らなければ────そんなことばかり考えていたが、綾芽にとってはきっと、初めてのことが多いはずだ。それなら、一緒にその時間を共有できるだけで十分幸せになれるだろう。
俊介はインターネットの画面を切り、そうだなと笑った。