とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
午後になると、聖に付いて視察に出かけた。
会社の車を使うことを嫌う聖は、以前使っていた白いロールスロイスを売っ払い燃費のいい大衆車に切り替えた。使っているのはもっぱら遠方に行く時か、俊介か本堂が用事で使う時だけだ。そのため、今日の視察も電車で向かっていた。
一人暮らしになってから電車通勤になり、聖もずいぶん自動改札に慣れたようだ。今ではICカードを使って電車に乗っているから、もう電車は心配いらないだろう。慣れた様子で改札をくぐり、楽しげな様子で電車に乗り込んだ。
「もう電車は慣れたらしいな」
「毎日使ってれば私だって慣れるわよ。そういう俊介だって」
「俺はお前みたいに車生活してたわけじゃない。電車ぐらい乗れる」
「なによ、人よりちょっと電車に乗ってるからって」
「自慢するようなことじゃないだろ……」
数十分電車に揺られ、二人は藤宮グループが経営する商業施設に入った。会議に出席し、店長と各部署のマネージャーから業績についての報告を受けた。
十二月はどこも概ね好調のようだ。取り立て目立ったこともなく会議はなごやかに終わった。何軒かそうして回ったあと、聖は休憩しない? とそのまま近くの喫茶店に入った。
二人ともコーヒーを頼んで、先程会議でもらった資料に目を通す。
「毎度のことだけど、俊介がいて本当に助かるわ。いつもありがとうね」
「なんだ、別に仕事なんだから当たり前だろう」
「そうだけど、俊介には公私共にお世話になってるから。結婚式のこともごめんね。せっかくのクリスマスなのに綾芽ちゃんと出掛けたかったでしょう」
「お前ら夫婦は二人揃って同じこと言うんだな。別に気にしなくたっていい。クリスマスは来年もあるんだ」
そう答えると、聖はクスッと笑った。
「来年もその先も、ずっと綾芽ちゃんと一緒にいるんでしょう?」
からかうように言われたので、俊介はなんだか恥ずかしくなった。意図して言ったつもりはないが、そう捉えられたようだ。
「今度は俊介と綾芽ちゃんの結婚式ね。楽しみ楽しみ」
「こらこら、まだ決まってもないこと言うな」
「ううん、きっとそうなるわ」
「どうしてだ?」
「なんとなく。綾芽ちゃんは俊介のパートナーにぴったりだなと思って」
「綾芽さんぐらいの人ならきっと他にもいろんな男が欲しがるよ」
「けど、その中で心を開ける人ってほんの少ししかいないと思うの。いろんな事情を知ってもそばにいてくれて、お互いを理解して、守りたいって思える相手って、そうそういないわ。だから、二人はきっとずっと一緒にいられると思うな」
俊介も、そうであることを願った。
今まで、人生で結婚を意識したことは一度もなかった。ただ漠然と、いつかするものだろうぐらいに思っていたが、いざそういう相手に出会うと以前思っていたような想いとは違うものだと気が付いた。
結婚は形式的な儀式ではあるが、覚悟のように思う。相手とどこまでも一緒にいるという覚悟だ。人生この先ややこしいことが一つもないとは言い切れないが、それもひっくるめて一緒にいたいと思える相手に出会えたら、それがそのタイミングではないだろうか。そういう意味で、確かに聖の言うとおり綾芽は自分にとってその相手だった。
「けど、俺が綾芽さんを幸せに出来るかどうかまだよく分からないんだ」
「じゃあ、まだそのタイミングじゃないのかもね。俊介もきっと、いつかそう思う時が来るわよ」
「綾芽さんを幸せに出来るって?」
「うーん、そうじゃなくって『俺が幸せにしてやる!』って思うようなタイミング」
「よく分からない」
「はじめさんは自信満々に言ってたわよ。『俺のものになれ』、とか『俺のところに来い』とか」
「それは本堂だからだろ。俺が同じこと出来ると思うな」
「それぐらいの男気を見せないと綾芽ちゃんみたいな可愛い子は付いてこないわよ」
「そういうものなのか……?」
だが、そういう時ぐらい男らしいところを見せないといけないことは分かる。プロポーズの時ぐらいはちゃんとセリフを考えた方がいいかもしれない。なにせ、聖のようにずっと覚えていないとも限らない。妙なことを口走って、その先延々とあの時はああだったとか言われるのは辛いものがある。
────いや、そもそも綾芽さんが俺と結婚したいと思ってるか分からないしな。
会社の車を使うことを嫌う聖は、以前使っていた白いロールスロイスを売っ払い燃費のいい大衆車に切り替えた。使っているのはもっぱら遠方に行く時か、俊介か本堂が用事で使う時だけだ。そのため、今日の視察も電車で向かっていた。
一人暮らしになってから電車通勤になり、聖もずいぶん自動改札に慣れたようだ。今ではICカードを使って電車に乗っているから、もう電車は心配いらないだろう。慣れた様子で改札をくぐり、楽しげな様子で電車に乗り込んだ。
「もう電車は慣れたらしいな」
「毎日使ってれば私だって慣れるわよ。そういう俊介だって」
「俺はお前みたいに車生活してたわけじゃない。電車ぐらい乗れる」
「なによ、人よりちょっと電車に乗ってるからって」
「自慢するようなことじゃないだろ……」
数十分電車に揺られ、二人は藤宮グループが経営する商業施設に入った。会議に出席し、店長と各部署のマネージャーから業績についての報告を受けた。
十二月はどこも概ね好調のようだ。取り立て目立ったこともなく会議はなごやかに終わった。何軒かそうして回ったあと、聖は休憩しない? とそのまま近くの喫茶店に入った。
二人ともコーヒーを頼んで、先程会議でもらった資料に目を通す。
「毎度のことだけど、俊介がいて本当に助かるわ。いつもありがとうね」
「なんだ、別に仕事なんだから当たり前だろう」
「そうだけど、俊介には公私共にお世話になってるから。結婚式のこともごめんね。せっかくのクリスマスなのに綾芽ちゃんと出掛けたかったでしょう」
「お前ら夫婦は二人揃って同じこと言うんだな。別に気にしなくたっていい。クリスマスは来年もあるんだ」
そう答えると、聖はクスッと笑った。
「来年もその先も、ずっと綾芽ちゃんと一緒にいるんでしょう?」
からかうように言われたので、俊介はなんだか恥ずかしくなった。意図して言ったつもりはないが、そう捉えられたようだ。
「今度は俊介と綾芽ちゃんの結婚式ね。楽しみ楽しみ」
「こらこら、まだ決まってもないこと言うな」
「ううん、きっとそうなるわ」
「どうしてだ?」
「なんとなく。綾芽ちゃんは俊介のパートナーにぴったりだなと思って」
「綾芽さんぐらいの人ならきっと他にもいろんな男が欲しがるよ」
「けど、その中で心を開ける人ってほんの少ししかいないと思うの。いろんな事情を知ってもそばにいてくれて、お互いを理解して、守りたいって思える相手って、そうそういないわ。だから、二人はきっとずっと一緒にいられると思うな」
俊介も、そうであることを願った。
今まで、人生で結婚を意識したことは一度もなかった。ただ漠然と、いつかするものだろうぐらいに思っていたが、いざそういう相手に出会うと以前思っていたような想いとは違うものだと気が付いた。
結婚は形式的な儀式ではあるが、覚悟のように思う。相手とどこまでも一緒にいるという覚悟だ。人生この先ややこしいことが一つもないとは言い切れないが、それもひっくるめて一緒にいたいと思える相手に出会えたら、それがそのタイミングではないだろうか。そういう意味で、確かに聖の言うとおり綾芽は自分にとってその相手だった。
「けど、俺が綾芽さんを幸せに出来るかどうかまだよく分からないんだ」
「じゃあ、まだそのタイミングじゃないのかもね。俊介もきっと、いつかそう思う時が来るわよ」
「綾芽さんを幸せに出来るって?」
「うーん、そうじゃなくって『俺が幸せにしてやる!』って思うようなタイミング」
「よく分からない」
「はじめさんは自信満々に言ってたわよ。『俺のものになれ』、とか『俺のところに来い』とか」
「それは本堂だからだろ。俺が同じこと出来ると思うな」
「それぐらいの男気を見せないと綾芽ちゃんみたいな可愛い子は付いてこないわよ」
「そういうものなのか……?」
だが、そういう時ぐらい男らしいところを見せないといけないことは分かる。プロポーズの時ぐらいはちゃんとセリフを考えた方がいいかもしれない。なにせ、聖のようにずっと覚えていないとも限らない。妙なことを口走って、その先延々とあの時はああだったとか言われるのは辛いものがある。
────いや、そもそも綾芽さんが俺と結婚したいと思ってるか分からないしな。