とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
俊介は車を駅前の立体駐車場に停め、綾芽がいるネットカフェへ向かった。こんな時間だ。街を歩いている人種は限られている。
騒がしい通りにそのネットカフェの名前が載った看板があった。綾芽はその前に立っていた。
「綾芽さん!!」
俊介は思わず駆け寄った。見たところ、綾芽は無事のようだ。だが、彼女は表情が暗く、俊介と目も合わせようとしない。
それに、なぜか大きな荷物を持っていた。ボストンバッグは中に結構な量の荷物が入っているのか割とパンパンだ。どこかへ行くつもりだったのだろうか。
「落ち着いて話がしたい。その先に車を停めてるからそっちに行こう」
綾芽は俯いたまま頷いた。
駐車場に戻ると、俊介は運転席に、綾芽は助手席に乗り込んだ。
綾芽は先ほどから何も喋ろうとせず、暗い瞳で俯くばかりだ。相当なことがあったに違いない。俊介はゴクリと唾を飲み込んだ。
「こんな夜中に悪かった。連絡がなかったから心配になったんだ」
「……すみません」
「何があったのか教えてくれないか……?」
綾芽はぼそぼそと呟くように言葉を紡いだ。
「実は二日前……空き巣に入られたんです」
「え!?」
俊介は思わず大声を上げてしまった。
「あ、空き巣って────」
「バイトから帰ったら、玄関の扉が開いていたんです……なんだかおかしいと思って部屋に入ったら、ぐちゃぐちゃに荒らされた跡があって……」
あまりのことに言葉が出なかった。テレビでそういう特集を見たことはあるが、周りにそういう経験がした人間がいないためどこか絵空事のように思っていた。俊介自身もそんな体験をしたことはなかった。
だが、考えてみれば綾芽の住んでいるアパートは空き巣に入られやすそうな物件だ。オートロックもないし、二階建てとはいえ鍵は簡単なものを使っていたから空き巣にも入られやすいだろう。
「それで……警察には?」
「連絡しました……。指紋とか、足跡とか調べて、犯人がわかったら連絡すると言われました。とりあえず、盗られたものはなかったので、それだけで終わったんですけど……」
綾芽は酷く青ざめた顔をしていた、無理もない、家に空き巣が入ったのだから当然だ。間が悪ければ綾芽は空き巣と鉢合わせていたかもしれない。相手によっては、そのまま殺されることだってあっただろう。そう考えると俊介も生きた心地がしなかった。
「とにかく、無事でよかった……本当に心配してたんだ。いつもみたいに連絡も来ないし、電話にも出ないし、事故にでも遭ったのかと思って……」
「ごめん、なさい……」
しかし、なぜ綾芽はネットカフェにいたのだろうか。空き巣に入られたのだ。そんな家にいたくない気持ちは理解出来るが、自分に連絡さえしてくれればネットカフェに泊まる必要もなかったはずだ。
「どうして俺に言わなかったんだ……? 俺に言ってくれれば、わざわざあそこに泊まる必要なかっただろ」
「最初は動揺して、それどころじゃなかったんです……でも、いざ電話しようと思ったら、また心配かけるのが嫌で……」
「黙って連絡断たれる方が心配するだろ!」
俊介はまだ青白い顔をしたままの綾芽をギュッと抱きしめた。
心細かったことだろう。いくら気丈な綾芽でも空き巣に入られたら怖いに決まっている。何も盗られなかったことは幸いだが、部屋が安全とは限らない。盗聴器が仕掛けられているかもしれないし、もしかしたら空き巣ではなくストーカーの可能性だってあるのだ。
そんな中でも彼女はまた人に頼ることが怖いのだろうか。恋人同士になったのに辛い時に頼ってももらえないのだろうか。
────ごめんなさい……。
腕の中で蚊の鳴くような小さな泣き声が聞こえた。俊介は不安を宥めるように、何度も背中を撫でた。
「大丈夫だ。俺が付いてる」
こんな時でも、綾芽の返事はありがとうではなく、「ごめんなさい」だった。その返事を聞いて俊介はより一層切なくなった。
騒がしい通りにそのネットカフェの名前が載った看板があった。綾芽はその前に立っていた。
「綾芽さん!!」
俊介は思わず駆け寄った。見たところ、綾芽は無事のようだ。だが、彼女は表情が暗く、俊介と目も合わせようとしない。
それに、なぜか大きな荷物を持っていた。ボストンバッグは中に結構な量の荷物が入っているのか割とパンパンだ。どこかへ行くつもりだったのだろうか。
「落ち着いて話がしたい。その先に車を停めてるからそっちに行こう」
綾芽は俯いたまま頷いた。
駐車場に戻ると、俊介は運転席に、綾芽は助手席に乗り込んだ。
綾芽は先ほどから何も喋ろうとせず、暗い瞳で俯くばかりだ。相当なことがあったに違いない。俊介はゴクリと唾を飲み込んだ。
「こんな夜中に悪かった。連絡がなかったから心配になったんだ」
「……すみません」
「何があったのか教えてくれないか……?」
綾芽はぼそぼそと呟くように言葉を紡いだ。
「実は二日前……空き巣に入られたんです」
「え!?」
俊介は思わず大声を上げてしまった。
「あ、空き巣って────」
「バイトから帰ったら、玄関の扉が開いていたんです……なんだかおかしいと思って部屋に入ったら、ぐちゃぐちゃに荒らされた跡があって……」
あまりのことに言葉が出なかった。テレビでそういう特集を見たことはあるが、周りにそういう経験がした人間がいないためどこか絵空事のように思っていた。俊介自身もそんな体験をしたことはなかった。
だが、考えてみれば綾芽の住んでいるアパートは空き巣に入られやすそうな物件だ。オートロックもないし、二階建てとはいえ鍵は簡単なものを使っていたから空き巣にも入られやすいだろう。
「それで……警察には?」
「連絡しました……。指紋とか、足跡とか調べて、犯人がわかったら連絡すると言われました。とりあえず、盗られたものはなかったので、それだけで終わったんですけど……」
綾芽は酷く青ざめた顔をしていた、無理もない、家に空き巣が入ったのだから当然だ。間が悪ければ綾芽は空き巣と鉢合わせていたかもしれない。相手によっては、そのまま殺されることだってあっただろう。そう考えると俊介も生きた心地がしなかった。
「とにかく、無事でよかった……本当に心配してたんだ。いつもみたいに連絡も来ないし、電話にも出ないし、事故にでも遭ったのかと思って……」
「ごめん、なさい……」
しかし、なぜ綾芽はネットカフェにいたのだろうか。空き巣に入られたのだ。そんな家にいたくない気持ちは理解出来るが、自分に連絡さえしてくれればネットカフェに泊まる必要もなかったはずだ。
「どうして俺に言わなかったんだ……? 俺に言ってくれれば、わざわざあそこに泊まる必要なかっただろ」
「最初は動揺して、それどころじゃなかったんです……でも、いざ電話しようと思ったら、また心配かけるのが嫌で……」
「黙って連絡断たれる方が心配するだろ!」
俊介はまだ青白い顔をしたままの綾芽をギュッと抱きしめた。
心細かったことだろう。いくら気丈な綾芽でも空き巣に入られたら怖いに決まっている。何も盗られなかったことは幸いだが、部屋が安全とは限らない。盗聴器が仕掛けられているかもしれないし、もしかしたら空き巣ではなくストーカーの可能性だってあるのだ。
そんな中でも彼女はまた人に頼ることが怖いのだろうか。恋人同士になったのに辛い時に頼ってももらえないのだろうか。
────ごめんなさい……。
腕の中で蚊の鳴くような小さな泣き声が聞こえた。俊介は不安を宥めるように、何度も背中を撫でた。
「大丈夫だ。俺が付いてる」
こんな時でも、綾芽の返事はありがとうではなく、「ごめんなさい」だった。その返事を聞いて俊介はより一層切なくなった。