若旦那様は愛しい政略妻を逃がさない〜本日、跡継ぎを宿すために嫁入りします〜
「大奥さまが、若奥さまは着付けができないとおっしゃっていましたが、もう覚えられたのですか?」
 
 薄緑色の小紋を着た香川さんが目を丸くしている。

「若旦那さまには二十点と言われましたが、なんとか」

「二十点? そんなことないです。ねえ? 島谷さん」

「ええ。上手だと思います。無地の紬がよく似合っています」

「無地の紬?」

 今朝、絢斗さんから渡されたのは、昨日のよりも少し濃いめの牡丹色の着物だ。

「はい。私たちのこの着物よりも少し改まった装いになります」

「着物の種類もまだ勉強不足なのですみません。これからも色々教えてください」

「ええ。ここを片付けて掃除機をかけたら開店まで休憩になります」

 説明をしながら香川さんの顎までのボブヘアが揺れる。島谷さんは自分でシニヨンにしているようだ。

 私は昨日のように頭のてっぺんで結んでいるが、結うには長すぎて大変だ。

 しばらく髪のモデルの仕事はないし、切ってもいいかも。

「あの、お店に漂う香りはなんでしょうか?」

 お店だけじゃなくて、絢斗さんからも。
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