若旦那様は愛しい政略妻を逃がさない〜本日、跡継ぎを宿すために嫁入りします〜
 もうすぐ開店の十時になる。

 ドアは開いていて、顔を覗かせると翠子さんが小さく微笑みを浮かべる。

 私は軽くドアをノックした。

「澪緒さん、お入りなさい」

「失礼します」

 おばあさまは私の頭からつま先まで鋭い視線を走らせて頷く。

「まあまあだわね。今日も午前中は反巻きの練習をしなさい。午後は着物に関する知識を詰め込むのですよ」

「わかりました」

「若奥さま、こちらが色見本の本です」

「翠子さん、ありがとうございます」

 本を受け取り、おばあさまの執務室を離れ、更衣室のロッカーに入れた反物を持って商談ルームへ向かった。


 その夜、絢斗さんは店から歩いて十分ほどの路地にあるハンバーガーショップに案内してくれた。チェーン店ではなく、個人経営の二十席ほどの小さな店だ。

 店内は清潔で、ファストフード店のように服にしみつきそうな匂いはしない。

 食事をしているのはスーツを着た男性が数人で、私たちは四人掛けのテーブル席に着いた。

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