若旦那様は愛しい政略妻を逃がさない〜本日、跡継ぎを宿すために嫁入りします〜
 入り口辺りへ視線を走らせると、数人のお客さんが絵葉書や置物を見ていた。そのとき、絵葉書が入っている回転ラックの横から、ワイシャツとスラックス姿の男性がこちらへ顔を向けた。
 
 え……? パパ……?
 
 正確には離婚した母の元夫。遺伝子的には私とつながりがあるが、父の戸籍に私はいない。私が五歳のときに両親が離婚し、母は里中(さとなか)の旧姓に戻ったからだ。
 
 特殊メイクアップアーティストだった母は離婚を機に、私を連れてロスに移住した。当時は特殊メイクブームで、母は一財産築き、私は何不自由なく育てられた。だけど――。

 「澪緒(みお)。久しぶりだな」
 
 父とは離婚後、数えるほどしか会っていない。けれど、私が二十歳になるまでの養育費と、母が病気になった際の医療費を出してもらったことで、恩がある人だ。
 
 仕事が順風満帆だった母は、五年前、メイクアップアーティストを育成する学校を作ろうと恋人だった男性に話を持ちかけられた。けれどそれは大嘘で、母は財産を根こそぎ持っていかれたのだ。

 男は失踪、その後母は酒に溺れて体を壊し、一年前に亡くなった。

 ここ、ロスで私は天涯孤独の身になった。
 
 父には離婚してすぐに籍を入れた妻と息子がいる。以前は愛人だった女性が現在の妻。母の妊娠がわかった直後に、その女性も妊娠が発覚。

 私が生まれた一カ月後、彼女は男の子を出産した。その事実に母は耐えきれなくなり、五年後離婚したのだ。
 
 そんな不品行な父だったけれど、時々連絡を入れて、私を気にかけてくれていた。
 
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