若旦那様は愛しい政略妻を逃がさない〜本日、跡継ぎを宿すために嫁入りします〜
 御子柴屋は日本橋が本店、全国の主要都市に十店舗展開しており、各店舗に従業員が二十名、傘下の京都の染め物工場には三十名ほどの職人を抱えている。

「島谷(しまたに)さん、ここの反物を片づけて」

 近くにいた女性従業員に直治常務が声をかけたとき、来客を知らせる音が聞こえた。

「いや、ここはいいから君が出て」

「はい。すぐに」

 俺は即座に指示を出し、薄桜色の着物を着た女性従業員は客を迎えに向かった。

 販売員は着物、事務員はグレーのスリーピースの制服を着ている。

「この後の来客予定はないはずだが?」

 俺は壁に掛けられた時計へ視線をやる。十六時を回っていた。

「おそらく大奥さまのお客さまでしょう。二週間後のパーティーの打ち合わせかと」

 十月中旬の土曜日、都内のホテルで日頃御子柴屋を贔屓にしてもらっている上顧客を招いてのパーティーを祖母は計画していた。

 名目上は日頃のご愛顧に感謝を込めての招待なのだが、実のところ、祖母は俺の結婚相手をその機会に見つけようとしていた。

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