若旦那様は愛しい政略妻を逃がさない〜本日、跡継ぎを宿すために嫁入りします〜
「お前を楽しませるために着替えなかったわけじゃないからな」

 組んだ脚に肘を置き、顎をのせた状態で、ふたりの仲のよさを眺めていると、杉山支配人がテーブルの横に立った。

 いつものように挨拶をした杉山支配人は、「本日は新潟の蔵元より手に入った大吟醸がございます。冷酒がおすすめでございます」と、俺たちが気に入りそうな酒を勧めてくる。

「日本酒か。いいな」

 シャンパン派の壮二が乗り気だ。朝陽も頷いている。

「では、それを。腹も減っている。寿司を頼みます」

「かしこまりました」

 杉山支配人はパキッとした姿勢で頭を下げて去っていく。

 すぐに男性スタッフが大きめのおちょこと徳利を運んできた。ガラス製で深い海のような色合いだ。

 俺たちは軽く乾杯し飲み始める。辛口だがほんのりと甘味も感じられ、芳醇な香りが広がり、なめらかに喉元を通っていく。さすが杉山支配人が勧める酒だけある。

 朝陽と壮二も久しぶりにうまい日本酒を飲んだと二杯目を注いでいる。

「そうだ、絢斗。嫁さん探しが本格的に始まったな」

 壮二がニヤッと口角を上げる。
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