若旦那様は愛しい政略妻を逃がさない〜本日、跡継ぎを宿すために嫁入りします〜
 寿葉さんから食事の誘いを受けたのは次の週の土曜日。御子柴屋を贔屓にしてもらっている関係で、無下にもできない。
 
 俺は店を直治常務に任せ、夜、待ち合わせのホテルへ赴いた。

「ママを捜しているの?」

 ロビーを通る俺の耳に少しイントネーションが変わっている声が聞こえてきて、そっちへ顔を向けた。

 泣いている幼稚園生と思しき女の子の前にしゃがみ込む女性がいた。

 彼女は女の子の顔を覗き込み、長い髪が大理石の床についているのにもかまわず、しゃくり上げる小さな子に話しかけている。

 なんとはなしに眺めていた次の瞬間、彼女は顔にかかっていた髪を耳にかけた。綺麗な横顔だった。青いトレーナーにジーンズという男児のような格好だが、背中の中ほどまである艶やかな黒髪に女らしさがうかがえる。

「泣かないで。お姉ちゃんが捜してあげるからね」

 彼女はすっくと立ち上がり、涙で濡れた女の子の手をしっかり握った。

 そこへ慌てた様子の煌びやかなドレスの女性がやってきた。
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