若旦那様は愛しい政略妻を逃がさない〜本日、跡継ぎを宿すために嫁入りします〜
 私はとっさにギュッと拳を作ってそれを拒否した。

「そういうつもりじゃ……」

「わかっている。だが、一度家に戻るのも大変じゃないか。いいから、これで服を買いなさい。こづかいだ」

 口座に振り込まれるのはありがたいと思っていたが、こうして面と向かって受け取るのは、知らないおじさんからもらうような違和感がある。

「澪緒」

「……ありがとう」

 自宅に戻らなくて済むのは助かる。差し出された三百ドルを手にして、ジーンズのポケットに突っ込んだ。

「ロビーに着いたら電話をくれ」

 父は部屋番号が書かれたメモ用紙を渡して立ち去っていった。

 私は思案しながら店に戻る。

 パパはいったいどんな用で私に会いに来たの……?

 社用のついでに私の顔を見に?

 父は東京に住み、着物のレンタル会社を経営している。たまに仕事でアメリカに来ることもあった。

 ただ近況を知りたいだけなのか。そうでなければ、わざわざ訪ねてくるなんてよほどの話があるのでは?
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