若旦那様は愛しい政略妻を逃がさない〜本日、跡継ぎを宿すために嫁入りします〜
 バスはなかなか来なくて、父の宿泊するホテルに着いた頃には二十時を回っていた。
 
 母が財産を失う前までは、頻繁に食事に来ていたホテルなので、内部の配置はよくわかっている。
 
 戸惑うことなくロビーへ歩を進めると、花柄の豪華なソファから待ちかねたように父が立ち上がり、私のもとへやってくる。

「よかった。もしかしたら来てくれないかと思ったよ」

 ホッと安堵したような笑みを浮かべる。

「ごめんなさい。バスがなかなか来なくて」

「お腹が空いただろう。行こう。ステーキ店に予約を入れてあるんだが」

 このホテルのステーキレストランは最高級のお肉を使った名店で、二年前に父が来たときにも一緒に食べた。

「そこでいいです」

「前回食べたステーキが忘れられなかったんだ」

 父は笑って、レストランへと足を運ぶ。

 数時間前はワイシャツとスラックス姿だったが、今はクリーム色のちりめん素材のネクタイで、ジャケットも羽織っている。ドレスコードのあるレストランなので、気を遣ったようだ。
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