麗しの竜騎士は男装聖女を逃がさない
鳥の声も聞こえないその場所は、元は栄えた都市らしい。すでに廃墟となっているが、人が暮らしていた形跡があった。
こんなところに町があったなんて。
なぜか懐かしく、心が奪われる風景を眺めていたとき、追っていた背中がどこにもないと気がついた。
どうしよう、はぐれてしまったわ。廃墟のどこかにいるんだろうけど、歩いていれば見つかるかしら。
神秘的ながらも物悲しい空間に興味が惹かれ、一歩、足を踏み入れる。
半壊した建物にはコケが生えて、雑草が好き放題に伸びているものの、神経が研ぎ澄まされる緊張感が感じられた。肌を撫でる空気も澄んでいて冷たい。
そのとき、廃墟の奥に建つ神殿が視界に入る。
柱のみが残されたそこは神殿とは呼べないほど倒壊していたが、地面に転がった女神のオブジェは穏やかな笑みをたたえていた。
「あれ……?」
無意識に熱い雫が頬をつたう。
なぜだろう。いつのまにか涙が出てきた。
廃墟に似合わない女神の光景に、過去にあったはずの日常が透けて見えて、心が震えたのだろうか。
初めて来たはずなのに、胸が熱い。自覚できない感情の動きに戸惑ってしまう。