エリート外科医の不埒な純愛ラプソディ。

 内科専攻医になれば、担当医として担当患者だって任せられるし、表向きには一人前になったばかりの医者と言われているが、医療現場では『研修医あがりの医者』などと揶揄されたりもする。

 つまりは、医師免許はあるがまだ半人前で、当直や雑用には重宝されるが、現場では、医師だけじゃなく看護師からも、使えない医者として見られることの方が多いのが実情だ。

 自分で説明しておいてなんだけど、改めて言葉にすると結構くるものがある。

 ずしっと背中に重い荷物でもしょわされたような心地だ。

 気を取り直して、どうして隠れる必要があるかというと……。

 それは、いつの頃からか、私がここの院長の愛人であるというおかしな噂が流れ始め、今では陰で『ビッチ』なんて呼ばれてしまっているせいだ。

 別に、それだけならいいのだけれど。

 ーー否、全然よくない!

 お陰で、誰にでも身体を許す、軽い女だとかいうイメージが先行しているらしく、どんなに冷たくあしらおうとも、勘違いした若い男性医師や看護師にまで執拗に擦り寄ってこられるものだから、今もこうして隠れているという訳だ。

 そんな私の背後に誰かが忍び寄るような気配を察知し、振り返ろうとした刹那。

「おう、鈴ちゃん先生見っけ。今日も可愛いなぁ。あれ? でも確か当直明けじゃなかったっけ?」

「……なんだおじさんか。びっくりさせないでよ」

 つい今しがた、眼前で若い医師が繰り広げていたのと大差ない軽口を叩きつつ現れ、最近伸ばし始めたチラホラと白髪混じりの顎髭を大事そうに右手で撫でる素振りを見せているのは、私が愛人になっているという院長本人である。

 言っておくが、断じて愛人なんかじゃない。

 この人は、私の父の従兄である光石(ゆずる)院長。つまり、ただの親戚のおじさんだ。

 因みに、自称チョイワル系のイケオジなんてふざけたこと言ってる本人は、いつまでも若く見られたいらしく公言はしていないが、私の父より二つ上らしいので、おそらく今年六十歳になるはず。

 還暦なんて、今年二十七を迎える私とじゃ、年齢からして愛人なんておかしすぎる話だ。

 この病院で働くようになった際、コネだとか、色々言われるのが嫌だったために、敢えて関係性を伏せていたのがよくなかったらしい。

 関係性を伏せてはいても、二人の息子(長男はここの脳外科医、次男は医大の消化器外科医)しか居ない譲おじさんにとって、しかも同じ内科医になった私のことを可愛がってくれている、この空気感が伝わってしまったようなのだ。

 一番の原因は、『鈴ちゃん先生』なんていう呼び方にあると思うが、指摘したところで右から左なので随分前から諦めている。

 チョイワル系のイケオジと自称するだけあって軽い口調同様、見た目もいささかチャラく見える。

 けれどこう見えて、医者としての腕はよく、内科専門医として結構有名で、大学病院の客員教授として年に何度か講義や講演会にも招かれているのだから驚きだ。

 人は見かけによらないとよく言うが、まさにその言葉がピッタリな人物だった。
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