エリート外科医の不埒な純愛ラプソディ。

 そこへ、胸の痛みを訴えて、緊急搬送されてきた四十代男性の意識は既に混濁状態。

 ただちに処置室での処置が始まり、研修医の私たちは救命救急医である指導医や上級医から矢継ぎ早に出される指示に従い、それぞれの持ち場に着いていた。

 指示といっても大したことを任されていた訳じゃなく、ごくごく簡単なことだ。

 命じられるままに処置に使用する機材の準備や薬品などを指導医や上級医に手渡したりというサポート的なモノで、後は処置の妨げにならないよう、ただただ救命救急医の技術を吸収しようと目に焼き付けていただけなのだけれど。

 その際に、突然患者が激しく咳き込み始めたかと思った次の瞬間には、大量吐血。

 災難なことに、ちょうど傍にいた私の腕を患者が苦し紛れに掴んできたために、ラテックスの手袋越しにそれら全てを掌で受けることとなってしまい。

 フリーズするだけでなく、その場にしゃがみ込んでしまうという大失態を犯してしまったのだ。

 そしてそれを少し離れた場所にいたはずの窪塚が素早い身のこなしで駆け寄り、すぐに立ち上がらせてくれたのだが……。

『おいおい、嘘だろ。んなことくらいでパニクってんじゃねーよッ!』
『おいッ! 邪魔だ、どけッ!』

 処置の妨げとなったため、殺気だった救命救急医らから怒声を浴びせられることになって。

 いたたまれないながらも、脳裏には、幼い頃の記憶が呼び起こされてしまい。

 怖くて怖くて身体が戦慄するばかりで、動けずにいた私のことを周囲に『体調が悪いのにずっと我慢していたようだ』と機転を利かせ、処置室の外へと連れ出してくれたのも窪塚だった。
< 88 / 353 >

この作品をシェア

pagetop