堂くん、言わないで。
「待て」
自分の口から出た声は想像していたよりもずっと低かった。
穏やかで深い森のような瞳がじっとこちらを見つめる。
「入るなとも言わねーし、寝顔を見るなとも言わない」
「……へえ」
「別に見たいなら見たらいい。あいつ今すぴすぴ言ってるから、動画でも撮ってあとで見せてやれよ」
「寝てるときにすぴすぴ言う人ほんとにいたんだ」
「ただ」
「ただ?」
「指一本でも触れてみろ。その指、俺がへし折る」
そういった瞬間、柏木の表情から潮が引くように笑みが消える。
言葉の意味を理解するように、考える仕草をした。
「それは宣戦布告と受け取ってもいいのかな」
「どーぞご勝手に」
数秒睨み合いが続いたが、こんなことをしていても時間の無駄だ。
俺から目を逸らし、背を向けて歩き出す。
「すげー独占欲の塊じゃん。それが堂の答えなわけ?」
後ろから追いかけてくる声を、黙って背中に受けた。
想いが強ければ相手に求めることが多くなる。
それが与えられないと不安になる。
期待しなければ自由でいられるのに、求めてしまうから苦しくなる。
近くで見てきたからこそ、わかる。
自分もそうだったからこそ、知っている。
それでも……
これ以上、自分の気持ちに誤魔化しはきかない。
なんの貸しかは知らねーけど、これでチャラになっただろ。
「そーだよ」