堂くん、言わないで。
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それに気づいたのは、父親が最初に俺たちから離れたときだった。
母親はすでに病気で死に、それから1年半。
父は男手ひとつで俺と遼花を育てた。
「恭花、遼花」
名前を呼ばれる。
「なあに父さん」
「人生はやり直そうと思ったら、何度でもやり直せるんだ」
その柔らかな笑みに邪悪なものはない。
だけどそのことが、なによりも邪悪だった。
このときの俺はそんなことを知らない。
まだ6歳だった俺たちよりもずっと、この男が好奇心旺盛な子どもだったことなんて。
俺も、遼花もまだ気づかなかった。
父は遼花の頭を撫でた。
じっと見あげている俺にも気づき、同じように撫でられる。
「おばさんたちの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「うん。わかった」
さっきから答えてるのは遼花だけだ。
自分はどうしても言葉が出てこなくて、ずっと黙って父の手を握っていた。
この手を離したらもう父とは会えないのだと。
子どもながらに悟っていた。