堂くん、言わないで。
「もう行かないと」
つないでいる手を外されそうになったから、つい反射で力をこめた。
すると父があからさまに困った顔をして笑った。髪を後ろに撫でつけるのは、困ったときにする父の癖だった。
自分の家の匂いがまったくしない、新しい家の玄関。伯母さんたちは気を遣ってくれていたのか、中に入ったままだ。
「あいかわらず恭花の手はあったかいなぁ」
父はそう言って、そっと、だけどしっかりとした手つきで……俺の手を外した。
逃れるように。手錠を外すように。
それから入れ替わるように、遼花が俺の手を握ってきた。
父はそれを見て愛おしそうにほほ笑む。
ただ、ほほ笑むだけだった。
「元気でな、ふたりとも」
小さくなっていく背中は一度もこちらを振りかえらなかった。
わかってる。
父は俺たちから離れたんじゃない。
俺たちを置いて、逃げ出した。
……わかってる。
「兄ちゃん。家、入ろ」
遼花にぐいぐい手を引っぱられ、やっと足を動かす気になった。
長時間突っ立っていたからなのか、足元のほうがすこしだけ冷たくなっていた気がした。