堂くん、言わないで。



「もう行かないと」


つないでいる手を外されそうになったから、つい反射で力をこめた。

すると父があからさまに困った顔をして笑った。髪を後ろに撫でつけるのは、困ったときにする父の癖だった。



自分の家の匂いがまったくしない、新しい家の玄関。伯母さんたちは気を遣ってくれていたのか、中に入ったままだ。




「あいかわらず恭花の手はあったかいなぁ」


父はそう言って、そっと、だけどしっかりとした手つきで……俺の手を外した。

逃れるように。手錠を外すように。



それから入れ替わるように、遼花が俺の手を握ってきた。


父はそれを見て愛おしそうにほほ笑む。

ただ、ほほ笑むだけだった。



「元気でな、ふたりとも」


小さくなっていく背中は一度もこちらを振りかえらなかった。





わかってる。

父は俺たちから離れたんじゃない。


俺たちを置いて、逃げ出した。



……わかってる。





「兄ちゃん。家、入ろ」


遼花にぐいぐい手を引っぱられ、やっと足を動かす気になった。


長時間突っ立っていたからなのか、足元のほうがすこしだけ冷たくなっていた気がした。


< 229 / 257 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop