交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 なんだか急に鼓動が速くなり、私は慌てて目を伏せる。

 長瀬さんの声にも聞き覚えがあるような気がしたのだ。どうしてだろう? 口調やリズムがなぜかなつかしく思えて、ますます混乱してしまう。

(だめよ、みずほ。しっかりしなきゃ!)

 私は小さくかぶりを振って、顔を上げた。

「長瀬さん、事情を説明していただけますか? あまり時間もありませんし、私は大丈夫ですから」
「わかりました。さっきもお話ししましたが、俺と圭介はいとこ同士です。俺たちには九十を過ぎた祖父がいて、この結婚をとても楽しみにしていたんですが、実は一週間前から体調を崩していまして――」
「えっ、ご病気なんですか?」
「ええ。この近くの病院に入院していて、式だけ参列することになっているんです」

 おじいさまのことや、孫の結婚をとても楽しみにしているという話は圭介さんからも聞いていたが、入院の件は知らなかった。

「今日の結婚式が取りやめになったら、祖父は気落ちして一気に憔悴してしまうかもしれない。もし延期になったとしても、それまで体力が持つかどうか――」
「そんな!」

 話の流れから、相手が何を求めているのか見当がついた。彼はおじいさまのために、消えてしまった圭介さんの代役を務めるつもりなのだ。

「ですから、どうか――」
「無理です!」

 私は反射的にスツールから立ち上がった。
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