交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「そうね。顔がいいのは認める。長瀬さんが正真正銘のセレブだってことも本当だけど……」

 私がため息をつくと、由貴がかばうように「だからこそよ」と言い切った。

「そんな相手を、このみずほがわざわざ選ぶと思う? 何か事情があったに決まってるじゃない。入社以来の仲なんだから、タカくんだってそのへんはわかってるはずだけど?」
「まあな」

 二人は私に視線を向けると、申し合わせたように声を揃えて同じことを口にした。

「安達みずほは石橋を叩いて、結局渡らない」
「ちょっと、二人とも!」

 やっぱりそんなふうに思われてるんだ。

 二人のタイミングの良さと、私に対する評価に、もう笑うしかなかった。少し傷ついたが、事実だからしかたない。

「でも慎重なのは悪いことじゃないよ、みずほ」
「そうそう。みずほは仕事も丁寧で、絶対ミスしないしさ。ま、カレーでも食いながら、その事情ってヤツをぼちぼち話してくれよ」
「……ありがと」

 それほど用心深いはずの私が本来の花婿ではない相手と結婚してしまったのだから、由貴たちが驚くのも当然だと思う。

 というか、私自身も実はあの日のことはよく覚えていないのだ。

 ――俺が望んでいるのは、あくまで形だけの契約結婚です。

 そう言われはしたものの、かなり動揺していたのだろう。長瀬さんとの結婚式はとどこおりなく終わったが、ヴァージンロードを歩いたことも、誓いの言葉も、指輪の交換も、すべてが夢の中のできごとのようにおぼつかなかった。
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