交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 それにしても、いったいどこまで話すべきなのだろう? 

 もちろん由貴とタカくんのことは信用している。明らかに異常事態だったのに、二人とも当日は笑顔で私を祝福してくれたし、その後も何も訊かずにいてくれたのだから。

 もともと招待客は少なめで、挙式後には盛大な披露宴ではなく、食事会形式のパーティーをすることになっていた。
 だから由貴たちのように、来てくれた人たちは釈然としないながらも大人の対応をしてくれたのだと思う。おかげで花婿が代わったにもかかわらず、表面的には問題は起きなかった。

 だが、嵐の真っただ中に放り込まれてしまった私はそうはいかない。
 長瀬さんが翌日にはアメリカに戻ったため、何もかも宙ぶらりんでずっと地に足がつかない状態なのだ。

 それでも結婚前と同じように出勤し、仕事をして、何事もなかったかのように普通に暮らしている。ちょうど三月の繁忙期で忙しいせいもあるけれど。

(あれって現実だったのかしら?)

 うっかり視線が泳いでしまい、由貴に「こら」と呆れたような声を出されてしまった。

「まだその気になれないなら、無理して話さなくてもいいから」
「……うん」
「だけどわかる気もするな」

 由貴がタカくんのために、サフランライスのお代わりをよそいながら呟いた。

「えっ?」
「石橋を叩いて、それでも渡らないようなみずほがあんなふうに結婚しちゃった理由」
「な、何?」
「長瀬リアルエステートの人だから」

 由貴は少しためらってから、私に言い聞かせるように続けた。

「みずほ、ずっと憧れていたもんね」
「あ……」

 必死過ぎて自分でも気づいていなかったけれど、由貴の言葉は思いきり核心を突いていたのだった。
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