交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「ただいま、ピクルス」

 本当の名前は長いから覚えていないけれど、形はアロエに似ており、葉先がカールしていて、周囲に縁取りのように小さなピンクの棘が生えている。
 ちなみに『ピクルス』と名づけたのは長瀬さんで、オリーブグリーンの色合いがハンバーガーに入っているピクルスと似ているから、そう呼ぶことにしたそうだ。

 鉢自体はプリンのカップくらいの大きさだけど、実はこれ、けっこうな希少植物のはずだった。

 なぜそんなことを知っているかというと、たまたま私のお客様で同じ趣味の方がいらっしゃるからだ。スマホに入っている画像をたまに見せてくださるが、その中によく似たものがあったのだ。

 ――見てよ、みずほちゃん。これは僕の一番の宝物で、南米から入ってきたばかりなんだ。今すごく人気でさ。なかなか手に入らないんだよ。こう見えて、なかなか繊細でね。こまめに水やりしたり、日光に当てたりしないといけないけど、それも楽しくてさ。

 そんな話を耳にしていたせいか、私はこの『ピクルス』の世話を拒むことができなかった。

 水やりだけなら清掃サービスのスタッフに頼めばいいが、繊細と聞いてしまうと、やっぱり放っておけない。取りあえず今のところは色つやもよく、順調に育っているように見えるけれど――。

「ピクルス、あなたのご主人……かなり変わってるよね?」

 病気の祖父のために代役の花婿を務めたり、お気に入りの植物に名前をつけたり、その世話のためによく知りもしない相手を自宅に住ませたり……これまで常に計画をたて、ハプニングを避けて堅実に生きてきた私とは大違いだ。

 それなのに今の私はなぜか長瀬さんの勢いに巻き込まれ、混乱しながらもここにいる。
< 19 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop