交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
* * * * *

「本当に申しわけありませんでした!」

 私は直立不動の姿勢から、きっちり九十度のお辞儀をした――が、そのまま身を起こせずにいた。

 目の前のソファに座っているのは、赤くなった額に冷却剤を当てている長瀬さんだ。彼をそんな目に遭わせたのは私なのだから。

「みずほさん、もう顔を上げてください」
「でも、こんなことしちゃって――」

 考えてみれば、このマンションにはコンシェルジュが二十四時間常駐していて、セキュリティ対策は万全なのだ。そんな場所に不審者が侵入できるわけがない。

「いや、全然たいしたことありませんから。それに俺が悪かったんです。帰国日が変わったことを、前もって連絡すればよかった」

 被害を受けた長瀬さんに頭を下げられ、私はますますいたたまれなくなった。

 しかもお茶でも出すべきなのに、彼の前にあるのはミネラルウォーターのペットボトルだけ。
 あくまで留守を預かっているだけなので、私はこの家のどこに何があるのかよくわからない。勝手にいろいろかき回してはいけないと思っていたのだ。

 大きな冷蔵庫はもともと空っぽだったから、この一週間、食事は会社近くのカフェやコンビニのお弁当で済ませていた。その代わり、ミネラルウォーターだけはたくさん買い置きしていたけれど。

「すみません。お水しか差し上げられなくて」
「いや、おいしいですよ」

 長瀬さんはふた口ほどで水を飲み干すと、まっすぐな視線を向けてきた。

「それより大丈夫ですか? さっき何か考え込んでいたみたいだったけど」
「えっ?」
「何度か声をかけたんですが、全然聞こえていないみたいだったから」
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