交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 もちろん何もわからないから、与えられる仕事をこなすだけで精いっぱい。一日中肩に力が入りっぱなしだったが、佐藤さんと一緒だと、なぜだか少し気が楽になった。

 年齢はたぶん二十代半ば。どういう立場なのかわからないけれど、仕事のほとんどは社員さんのフォローだし、いろいろな部署を手伝っているから、たぶんバイトなのだろう。
 設計部の人たちはラフな服装の人が多いが、みんなスマートで、佐藤さんみたいな人はいない。

「しかし安達さんも変わってるね。インターに来る子たち、ふつうは俺なんかとしゃべらないけど」

 確かに佐藤さんといくら話しても、就活が有利になるとは思えない。
 それでも彼を見ていると、いつも労を惜しまず動き回っていたし、仕事ぶりも丁寧だった。

 私が佐藤さんとおしゃべりするようになったのも、重い台車をうまく押せずに苦労している時、すかさず手伝ってくれたことがきっかけだ。

 長い前髪と大きなメガネのせいで、顔はよくわからないけれど、佐藤さんは優しくて飾らない人だった。だから気負わずに何でも話すことができたのかもしれない。

「ところで安達さん、慎重なのは生まれつきなの?」
「うーん、そうですね。おばあちゃんの影響が大きいかな。おとなしくしなさいとか、いい子でいなさいって、よく言われてました。ひいおばあちゃんがいろいろあった人だったからかも」
「いろいろ?」

 時計を見ると、そろそろ戻らないといけない時間だった。

「ええ、また今度ゆっくり話しますね」
「了解」
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