交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 あまりに彼とは似つかわしくない単語に、私はまた固まってしまった。しかも今、長瀬さんは「作る」と言わなかっただろうか?

 確かにキッチンのカウンターの上には、大きなボウルと卵やミルク、ホットケーキミックスの箱があった。だが昨日まで、こんなものはなかったはずだけれど。

「これは――」
「あ、さっき近所のコンビニで買ってきたんですよ。早く目が覚めた……というか、実は眠れなくてね」
「眠れなかったんですか?」

 よく見ると、長瀬さんの目の下にはうっすらとクマができていた。そういえば少し目も赤い。

「もしかして時差ボケですか?」
「えっ? あ、う、うん、そう。たぶん時差ボケですね」

 私がのんびり眠って、しかも佐藤さんの夢なんか見ていたころ、長瀬さんはずっと起きていたのだろうか? 

「ごめんなさい!」

 なんだか申しわけなくて、気づいた時には頭を下げていた。

「えっと……どうして君が謝るの?」
「えっ? あ、だって長瀬さんが起きていらっしゃるのに、私は寝ちゃってわけですから」

 そう。人の家だというのに、夜中に目を覚ますこともなく、朝までぐっすりと。長瀬さんが買いものに出たことさえ気づかずに。

「謝らないでください。いいんですよ、みずほさんはそれで」

 長瀬さんは目元をなごませ、おかしそうに笑った。

「でも、日曜なのに早起きですね。これ、焼くのはみずほさんが起きてからにしようと思って、取りあえずコーヒーだけいれたんだけど」
「すごくいい香りですね」
「ええ、豆はニューヨークで買ってきました。コーヒーに目がなくて」
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